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毒にも薬にもならないただの駄文

 以前勤めていた会社に田中という名字の係長がいた。匿名性の高いよくある名字とはいえ勝手にここで名指しするのは忍びないのだけど、この記事の性質上そうせざるを得なかった。「田中係長」と声に出してもらえば分かる。「か」が三つ重なっており、非常に発音しづらかったのである。本人には一切責任はない。これは彼がたまたま係長という役職に就いていたことによる不可抗力というか事故みたいなもので、好き好んで「おのののか」なんて芸名をつけるケースとはまるで訳が違う。社内では役職のみで呼ばれている人間もいたが、不幸にも係長は複数名いたのでそれは適用されなかった。かといって彼だけを「田中さん」と呼ぶのはちょっと不自然である。早いところ昇進してもらうか、逆に不祥事でも起こして降格してもらわない限りは田中係長と呼び続けるしかなかった。
 しかしある日、最高役職者である店長が田中係長を「タナカリチョウ」と呼んでいることに僕は気がついた。なんだか中国・韓国あたりの政府での重要役職みたいな響きだ。字面だけ見ると「か」を二つも省略するなんて離れ業がまかり通るとはにわかには信じがたいが、これが意外にも口語上では違和感がさほどなかった。実際にその呼び方を気に留めている様子の人はいなかったし、むしろ田中係長本人も含めて誰も気がついていない雰囲気さえあった。僕が店長に真意を訊ねてみると「その方が楽じゃん」くらいの軽い返事が返ってきた。
 それ以降、僕は田中係長のことを密かにタナカリチョウと呼ぶようになった。最初のうちは何か悪いことでもしているような気がした。学生時代にコンビニでアルバイトをしていた頃、「いらっしゃいませ」の代わりに「エアロスミス」と五回に一回くらいの頻度で言っていた時と同じ心境だった。いつか誰かに指摘されて恥をかくのではないかと恐れながらも、僕はそのちょっとしたスリルに病みつきになっていた。
 ある時、社内で使われている内線の番号一覧表が配られた。全ての社員が「名字と役職」で表記されている中、なぜか田中係長だけが「名字と名前」で表記されていた。さすがに氏名をそのまま晒すわけにはいかないし、実はよく覚えていないので、ここでは仮に太郎とする。◯◯店長、◯◯課長、〇〇主任、◯◯社員などと並ぶ中で一人だけ田中太郎とフルネーム表記されているのはなかなかシュールだった。その一覧表を作った事務の女性は後で間違いに気付いて謝っていた。僕の上司がそれをフォローするように「大丈夫、大丈夫。太郎っていう役職なんでしょ?」と笑った。何か特別な条件を満たした一握りの社員達が揃って太郎を名乗れば、いずれはラモーンズみたいな感じになりそうだった。

 あまりにも掴みどころがない文章になってしまった。一見は毒にも薬にもならないただの駄文だが、高田純次みたいにずっとふざけていて一向に本音が見えてこない不気味さが漂っている。おそらくクリスマス前後にもずっと働いているストレスが原因だろう。「メリークリスマス」でこの記事を締めくくろうとしたのだけど、どうしてもビートたけしで脳内再生されてしまうのでやはり疲れているらしい。

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