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逃げるというか休憩するという発想

 昔からあまり「旅行がしたい」と思ったことがない。もちろんそれなりに色々な場所へと旅行はしてきているのだけれど、その大抵には具体的な目的が先にある。この場所に行きたい、これを体験したい、これを食べたいというような理由がまずあって、そのついでに周辺で寄り道をするというパターンがほとんどだ。「いや、旅行ってのは得てしてそういうものだろ」という気もするけれど、かなり漠然と「どこかへ行きたい」とだけ思っている人は結構多い。旅行がしたいという目的で旅行をするのである。
 それは逆説的に言えば「ここから離れたい」という発想で、現実から逃れられるならどこでも良いわけだ。意地悪く言っているつもりは全然ない。これは当たり前に健康的な発想である。僕はあまりにも深刻に現実と向き合おうとする傾向が昔は強かったので、逃げるというか休憩するという発想があまりなく、自分を追い詰めることが多かった。いわば現実逃避のために旅行するくらいなら、現実を修正する努力をした方が良いと考えてきたのだ。多分もっと肩の力を抜いた方が良いのだろう。

 今、僕はハワイに行きたい。おそらくこれは僕がこれまでに書いた全ての文章の中で最も軽薄な一文の筆頭だろう。ハワイに行きたい。軽薄過ぎて向こう側が透けて見えそうだし、存在に耐えられず今にも空気に馴染んで消滅してしまいそうな思想である。肩の力を抜き過ぎて脱臼してしまったのだろうか。しかし、この願望は結構長い間頭の中に居座っている。ハンター・ハンターみたいな感じだ。読んだことないのだけれど。
 ハワイに行きたい理由というか経緯は以前にも記事に書いたので省略するが、僕は旅行がしたいのではなくハワイに行きたいのである。これは声を大にして言っておきたい。ただの屁理屈にも聴こえるし、そりゃもちろん「何しに行くの?」と訊かれれば「旅行」と便宜的に答えるしかないのだけれど、この微妙なマインドセットの違いは結構大きい。充実度が大きく変わってくる気がする。
 どこかに行きたいという願望だけでどこかに行っても、結局はどこにも辿りつけない。何に使うかを具体的に考えないまま「お金が欲しい」という人間が、欲しくもないブランド物を欲しいと思い込んで買ってしまうのと同じである。彼らはベンツのゲレンデに乗ってモンクレールのダウンを着てヴォッテガの財布を使い、高級マンションの高層階にタレント崩れのラウンジ嬢や巨乳のインスタグラマーを連れ込み、証券取引法を犯したり巧みに脱税しながらも経済を回してくれている。

 どうやら世間ではそういう人間が尊敬されるらしい。そりゃ旅行もしたくなるし、ハワイにも行きたくなる。

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