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珈琲

 僕は煙草を吸わず酒は嗜む程度なのだけど、健康を害するくらいコーヒーを飲む。極端な例だが、かつてかなり濃く淹れたものを一日に1.5リットルくらい断続的に飲んでいた時期が一ヶ月くらいあり、その後の一ヶ月間くらいはずっと口内炎が数カ所に出来続けた。胃に恨みがあったわけではなく、専用のケトルを買ってみたので活用したかったのだった。さすがにそれ以降は反省して、一日に朝と昼過ぎにタンブラーに一杯ずつ飲むようになった。たまに気の迷いで夜遅くにも飲むが、僕くらいになると普通に快眠できる。
 普段はスーパーマーケットで挽いてある豆を買って自宅でペーパードリップする程度なので、そこまで味に拘っているとは言えない。なんなら最近はインスタントばかり飲んでいる。好きな銘柄を尋ねられればマンデリンと答えるが、基本的には濃ければなんでもいい。過去十年くらいの間、コーヒーを飲まなかった日は多分両手で数えられる。ただし前述した地獄の口内炎の日々は除く。

 初めてコーヒーをちゃんと飲んだのは中学二年くらいの時だったと思う。実家に来客があった際、親がコーヒーを数人分淹れていたので、自分の分も作ってもらったのである。ブラックでは苦くて飲めなかったので、僕はすぐに大量の砂糖とミルクを追加した。美味しいかどうかはよく分からなかったけれど、なんとなく大人に近付けた気がした。それ以降、僕は甘いコーヒーを習慣的に飲むようになった。そのうち一緒に甘いお菓子を食べるのが慣習となり、実家によく置いてあったル・マンドがレギュラー化していった。中学生の僕にとっては、深夜放送のバラエティ番組を見ながらコーヒーとル・マンドを嗜むのが至福の時だった。
 高校生ともなると、周囲にコーヒーを飲んでいる人間が増え始めた。よく遊んでいた友達の何人かがブラックを飲んでいたので、僕は影響されて家で再度挑戦してみた。段階を踏んだからなのか存外にすんなりと飲めた。そして、どこかの時点から「普段はブラックだけど甘いのも好きだよ」みたいなスタンスを徐々に取り始めた。僕はその手の小芝居に関しては一流で、客観的事実に虚栄心を巧妙に織り交ぜて自分自身を騙す才能が昔からあった。そんな風に、僕は自らの発言を裏付けていくようにブラックに少しづつのめり込んでいった。

 今でも口内炎はよくできる。感覚的には一年のうちの四分の一くらいは、最低一箇所の口内炎を患っている。なにもコーヒーだけが原因ではないだろうと自分に言い聞かせ、僕はコーヒーを飲み続けている。

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