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ブロッコリーのスープにイモムシが浮いている・・・[くま日誌]351号


先日、実家からブロッコリーが送られてきました。「無農薬なのでよく洗って食べてください。」と書かれていました。

早速茹でてスープにしました。

また少し前に京都に行きまして「ちりめんじゃこ」を買いましたのでご飯の上に乗せていただきました。


ブロッコリーのスープを食べていたところ、「あれ、ちりめんじゃこが浮いているわ」という状態に気づき、箸で持ち上げて食べようとした時のことです。

よく見るとそれはかなり似ているのですが、ちりめんじゃこではなく小さなイモムシではありませんか。

「食べる前よかったわ・・・」


ちりめんじゃことイモムシ。イモムシの味は食べたことはないので分かりませんが、以前外国では食べられてるというような話も耳にしたことがあります。

(両者、見た目は似ているのですが、)ちりめんじゃこは食べ物と認識されているから何も思わないのですが、イモムシは、そのような認識がないので異物として認識されているだけなのかもしれませんね。


目の前のあらゆる事象は、それにどのように意味を与えるかによって異なる認識を私たちにもたらします。

この能力を上げていくと「あらゆる事象に対して、自分の好きなように/都合のいいように意味を与えることができる」ようになります。それもできればその事象が起こった瞬間、できるようなれば最高ですよね。

私も日々起こる事象に対して、このトレーニングを行っています。


ブロッコリーのスープにイモムシが浮いている!私もまだまだトレーニングが必要な段階でして、一瞬フリーズしその後しばらく考え込むことになりました。

無農薬という証拠じゃないか、とか
イモムシの味を吟味するチャンスかもしれない とか

いくつか良い方向に転換できるようなアイデアを出しつつ、トレーニングしてます。


逆に言うと多くの場合、私たちは外部からの刺激に対して、「ただ反射的に反応してるだけ」ということが多いのかもしれません。

7つの習慣の「主体性」の習慣の箇所で次のような記述があります。

「刺激と反応の間にはスペースがある。そのスペースには、私たちが自分の反応を選択する自由と力がある。そして、その反応こそ私たちの成長と幸福の鍵を握っている。」


最終的な目的は、先ほど書いたように「自分の好きなように自分の認識を書き換えることができる」ということになりますが、

これは人生の全てに対してよい影響をもたらし、QOLを大きく上げてくれるのではないでしょうか。


■まとめ
・私たちは、周りの事象に「自分の都合の良いように」意味を与えることで認識を自在に変えることができる。

・この能力を上げていけば、常に機嫌よくQOLの高い人生を送ることができるのだ。

・そのために普段から刺激と反応の間にスペースを空け、都合の良いポジティブで元気の出る意味を与えるトレーニングを重ねていきたいものである。



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