元スポーツアナ週一コラム    vol.6色が変わってもう32年       9月8日編

色が変わってもう32年か~


スポーツの世界では、
色によって
表現出来る部分がある。

例えば競馬!
1枠から8枠迄の縛りが有り、
その8つの枠を
色で分ける。
1枠は白・2枠は黒
3枠が赤で8枠はピンク
と言うように
競馬ファンなら
当たり前の認識で
観戦の目安になる。 

はたまた
お正月の箱根駅伝でも
色とは
切っても切れない縁があり、
各大学オリジナルの
ユニフォームや
伝統のタスキ
1つとして同じものが無いのも
興味深い。

そして
我々の普段の生活にも
染み付いた色が存在し、
そんな色が
急に変わったら
どうなるだろうか?
信号機の3色が良い例だ!
恐らく
赤・青・黄色が変われば
混乱必至、
判断基準を変更するには
万人の賛成が必要になる。


今では当たり前になったが
あるスポーツにおいて、
白から黄色に変えて
多くの人が
納得したものが有る❗
それが何だか、
皆さんは
お分かりになるだろうか?

 
 
答えは:    球場のポール。
 

1990年のある判定後、
色を変えるに至った歴史が残る。

それは
4月7日の東京ドーム、
巨人✕ヤクルトの開幕戦。

3-1
ヤクルトリードの8回裏
ジャイアンツ
1死2塁の場面。
ピッチャー内藤(ギャオス)
バッター左の篠塚❗

2点差に加え
ネクストバッターズサークルには
クロマティ-が控えているから、
当然勝負。
ここで
外野に対して
嫌な打球を予測したのか、
内藤✕篠塚の対戦前に
野村監督が
レフト荒井から栗山に変えた。
そんなこんなで
少し時間が経過した後、
内藤の投じた初球だった!
 
115キロ
インコースのスライダー、
体勢を前に崩されながらも
篠塚の振り切った打球は
ライトポール際へ!
舞い上がった白球は
ライトスタンド
1番右に飛び込み、
同点ホームラン?
ファール?
歓声とため息が入り交じる
微妙なコース。

実はメジャーリーグに習って、
このシーズンから
審判が4人制と
なっていたので
この打球判定は1塁塁審。
その判定は・・・

右手がグルグル回る
ホームランのジャッジ❗
判定の瞬間
打たれた内藤は
マウンド前方に膝から崩れ落ち
更には四つん這い。
そして
「ファールでしょう」
と一言。
当然3塁ベンチから
野村監督が1塁
塁審の元に駆け出し詰め寄り、
ライトポールの
外を通過していると
ジェスチャーを交えて猛抗議。

(確かにファールの様に見えたが)


この時テレビ解説されていたのが
ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄さん。
「ポールが白いので何とも言えませんが
 微妙ですね~」と
テレビでもお茶を濁す様な
一撃だった。
 
協議の結果は
判定通り同点ホームラン❗
この試合はその後
延長14回巨人のサヨナラ勝ち。
開幕戦で勢いづいたジャイアンツは
この年独走、
9月8日にリーグ優勝を決めた。
 
そして
この判定を機に
コミッショナー
(プロ野球最高責任者)通達が出て
白球と同じ外野ポールの色は
判別しにくいと言う理由、
また霧や雨の場合
見易いと意見の多い事から
黄色のポールが誕生した❗

当時を振り返って
ホームランを打たれた
ギャオス内藤さんは、
「野球のポールの色を変えたのは
 僕です❗とアピール出来ますし、
 初の開幕投手を務めて
 一生忘れられない

 思い出が作れました。
 その後バレンタインデーは
 貰えるチョコレートの数も
 滅茶苦茶増えましたし
 大プラスですよ」と
如何にも温厚な性格の

前向きなお話し。

観戦するファンからも
この変更に反対の声は少なく、
色を変えて成功したと言える
良い事例となっている。
 
今や黄色いポールは
当然の存在となっているが、
32年も前の出来事に
時が経つ早さを覚える筆者。
 
そうだな、
自分の髪の毛を見れば
月日の流れを感じるな~
 
ポールとは逆に
年々白さを増している
今日この頃である😢











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