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ドミニク・チェンが語る「千夜千冊とインターネットと発酵」〈前編〉

「千夜千冊」にまつわる人々をインタビューし、千夜について、本について、読書について語ってもらう「Senya PEOPLE」。インタビュー第一号は情報学研究者であり、実業家でもあるドミニク・チェンさんです。ドミニクさんの千夜との出会いから今注目している「発酵論」まで、余すところなく語っていただきました。

▽ドミニク・チェン(Dominick Chen)
1981年、東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。近著は『電脳のレリギオ』(NTT出版、2015年)。『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)は千夜千冊1577夜に掲載。

 ( 前編 / 中編 / 後編 )

原点はアフォーダンスとオートポイエーシス

――今日は、松岡とも親交があり、千夜千冊の愛読者でもあるドミニク・チェンさんにお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

ドミニク|第一号なんて、とても光栄です。どうぞよろしくお願いいたします。

――そもそも千夜千冊との出会いはいつだったんですか?

ドミニク|自分でも思い出せないくらい昔なんです。十代のころにいろいろ本を読み漁っていて、自然と知ったんだと思います。千夜千冊がオープンした2000年はちょうどアメリカの大学にいたので、興味あることを検索する中で出会ったんだと思います。最初は単純に、とっても便利だなって思っていました。でも次第に、すごい読書量とそれをつなげる編集の方法にただただ圧倒されていましたね。僕にとってはとても幸運な出会い方だったと思っています。
 もともと、松岡さんの著作自体がうちの家にもあって、松岡正剛という存在は知っていました。どの本だったかは思い出せないんですが、気がついたら存じ上げてたという感じですね。
 大学院で東大に進んだんですが、佐々木正人さんの『アフォーダンス』とマトゥラーナとヴァレラの『オートポイエーシス』を研究していました。この両方についてウェブ上で一番深く語られているテキストが、松岡さんの千夜千冊だったんです。それがすごく嬉しかったのを覚えています。

別宇宙に飛べるハイパーリンク

――この2冊は千夜の中でも重要なキーブックです。人間の認知や生命のはたらきを語る上では欠かせない本ですね。

ドミニク|そうですね。アフォーダンスやオートポイエーシスについて、それぞれの専門領域の中の説明や記述というのは普段から勉強しているんですが、その外部にあるものとのリンクが専門書にはあまり書かれていないんです。でも、千夜千冊では自分の知らなかった「別宇宙」のこのへんとつながってるんだ、というのが分かるんですよね。まさにハイパーリンク構造なんです。
 しかも、リンク先にもちゃんと松岡さんの文章がある。だから言うなれば、「一人ウィキペディア」のようなものですよね(笑)。
 でも、単なる“事実の列挙”ではなく、よくよく編集されているというのがすごく価値があると思っています。松岡正剛という人がどう読んで、どうつなげたかっていう痕跡を読むことで、「自分が一体何を勉強しているのか」「自分が一体どういう概念を学ぼうとしているのか」ということをより腹落ちできるんだと思います。情報を「受肉化」する手助けをしてくれるものだと思いますね。

――松岡の目を通して、自分の立ち位置や向かう先が見えるようになったということなんですね。

ドミニク|そうなんです。僕にとってもう一つ重要だったのは、そういうリンクをしてもいいんだっていうある種の「勇気」を与えてくれたことだと思います。いわゆるマジメな研究領域だと、ぶっ飛んだ飛躍はあまり評価されたり受容されたりしません。特に一学生がそんなことをすると怒られるような風潮があったように思いますが、当時はそれにとても疑問を感じていました。でも、千夜を読んでいて、オートポイエーシスがアフォーダンスにもつながっているという記述(※『アフォーダンス』のページの末尾に書いてあるオートポイエーシス論の河本英夫さんの言及)を見つけると、「おお、やった!」っていう気持ちになるんですよね。そういうつながり方があるんだと、世界が拡がったように感じられるんですね。

コモンズとサイバネティクスの実践

――ドミニクさんの研究を見ていると、情報学も生命論もアートもデザインも自由に領域を超えてつなげているので、昔から当たり前のように実践してこられたのだと思っていました。

ドミニク|きっとそれは松岡さんのせいもありますね(笑)。東大の情報学環ができて少し後に大学院に入学したんですが、僕自身は苗村健先生という工学系の研究室に所属していましたので、バーチャルリアリティの研究も身近にありましたし、副指導教官が基礎情報学の西垣通先生でしたのでオートポイエーシス理論も学びました。佐々木正人先生もいらっしゃいましたので、そこにはアフォーダンスがあり、ヒューマン・インタラクションがあった。周りにそういうきっかけがたくさんあったんだと思います。

 そこからさらに、社会デザインに向かいました。90年代、2000年代に社会デザインとインターネットがどう出会うかという議論が盛んになって、僕が衝撃を受けたのが「クリエイティブ・コモンズ」というものだったんです。著作権を保持したままだと、すごくクローズドになってしまうものを、自分の意思でオープンにし、再利用しやすくする仕組みのことです。この活動を通じて、法制度や技術や文化の仕組みを多重的に利用することで新しい仕組みをつくることができるんだ、という気付きを得たんです。
 「コモンズ」という概念自体はノーベル経済章を受賞した環境社会学者エリノア・オストロムの共有資源(common-pool resource)に影響を受けていて、それは異なるシステム同士で自分が他者と資源を共有しあう一つの大きな社会という環境の中の一要素であるという風に捉えます。その上で、自分の行動も含めてシステム全体を観察し、システムに影響をフィードバックするというウィーナーの「サイバネティクス」という概念に出会ったのも大きかったと思います。

ドミニク|サイバネティクス論の学習を通して、ただ観察して記述するだけではなくて、自分自身でアクションをかけていくことが重要だと思いました。社会全体を俯瞰すると立ちすくんでしまうことも多いですが、サイバネティカルに考えると、大きな社会を構成する「サブ社会」というものを想定して、階層的に社会を見ます。そうすると、まずは小さな社会をつくり、それが普及していくことで、上位の社会システムにも影響を与えていくという見方をするんです。そうすれば、立ちすくむ必要はありませんよね。

――ドミニクさんは研究も事業もやられていますが、両者の境界はあるんですか?

ドミニク|あまり無いんですよね。研究も研究するためだけにやっているわけではなく、自分がやっている事業にどう活かせるかを考えています。事業も事業を回すためだけに人生を使い果たしたくないので、自分が何をやっているのか、というのを理解したいのと共有したいために研究という手段を取っています。その二つに境界は無く、相補関係にあるような感じですね。
 最近では鈴木健さん(SmartNewsのCEOで『なめらかな社会とその敵』の著者)のようなタイプの人も増えていますよね。近代社会を形成する中では分業が進み、専門性を持つということが前提でしたが、複雑な社会になるにつれて既存の価値軸だけでなくて、多様な知識の必然的なつながりを見つける編集が重要になってきています。
 MITラボの伊藤穰一さんは「学際(interdisciplinary)」の先の、「Anti-disciplinary(アンチ専門分野主義)」という言葉を採用しています。「学問を学ぼうとするな、自分でつくれ」というメッセージを発しているんです。社会の複雑度合いに合わせて、個人の役割も多様化、というか多重化しているんだと思います。

――そういった憧れのモデルはいらっしゃいますか?

ドミニク|20世紀でいうと南方熊楠なんかは、研究者でありながらアクティビストだったわけですよね。それが不可分です。自らの道をつくっていった熊楠はとてもカッコいいと思うんです。

――おぉ、実はまもなく、松岡が南方熊楠の千夜千冊を公開しますので、ぜひお楽しみにして下さい!

ドミニク|松岡さんがどう熊楠を描くのか、とても気になりますね。

※インタビュー後に1624夜『南方熊楠全集』が公開されました。

( 前編 / 中編 / 後編 )

インタビュー・文:宮崎慎也
写真:長津孝輔
場所:編集工学研究所 本楼
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■カテゴリー:インタビュー

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