インドから日本へ『夜の木』出版物語 −−タムラ堂・田村実さん(前編)

「千夜LAB」では、本の制作の裏側、ものづくりの秘密にも迫ります。今回は、インド発祥の絵本『夜の木』を日本に輸入し、日本版を出版したタムラ堂の田村実さんにインタビューしました。1冊の絵本のために出版社を立ち上げた田村さんの思いに迫ります。

▽田村 実(たむら・みのる)
福音館書店で絵本編集長として絵本や幼年童話などの編集に携わったあと、2012年から「タムラ堂」を名乗り、絵本出版を中心とした活動を行う。『夜の木』はインドから輸入し、インド文化とともに絵本の世界を広く日本に紹介している。https://www.tamura-do.com/

✑絵本『夜の木』|ボローニャ・ブックフェアー(2008年)で絶賛され、ラガッツィ賞(ニューホライズン部門)に輝いたインドの絵本The Night Life of Trees の日本語版。中央インドのゴンド民族出身の最高のアーティスト3人の手により、樹木をめぐる神話的な世界が展開される。

( 前編 / 後編 )

ハンドメイドな美しき佇まい

――私たちが『夜の木』を知ることになったきっかけは、編集工学研究所が選書などを務めている無印良品店内のブックスペース「MUJIBOOKS」です。他の本とは圧倒的に存在感の違いを感じる佇まいのある本で、本当に素晴らしい本と出会ったと思っていました。やはり黒い表紙に独特な色彩で描かれた木の絵に惹きつけられますね。

✑ MUJI BOOKS有楽町店内の『夜の木』|編集工学研究所が企画・選書を手がける良品計画「MUJI BOOK」の絵本コーナーでは大人から子どもまでが楽しめる絵本が展開されている。

田村|実はこの本は版ごとに表紙を変えているんです。全ての版をコレクションしている方もいらっしゃって、中は全く同じなんですが、表紙の絵だけを変えています。シルクスクリーンで一回ごとに刷っていきますので、使っている色をある程度は限定しています。
 インドの「Tara Books」という出版社がもともとの版元なんですが、こんなに売れるとは思っていなかったのでしょうね。最初は番号も入っていませんでしたし、表紙の色も黒くなくて、今のものとはちょっと違いますよね。これをボローニャのブックフェアの会場で初めて見つけて一目惚れしました。

✑ 版ごとに表紙が変わる『夜の木』|版を重ねるごとに木のデザインと色合いが変わる。すべて揃えたい読者も多いという。

――この本はいろいろな国から出版されているのですか?

✑ 初版(上)と第二版(下)|初版は表紙の色も青っぽい紙になっている。

つながりで広がった『夜の木』

――刷り部数はどんどん増やしていかれたんですか?

田村|日本語版は3刷までは1000部、4刷、5刷は2000部刷っています。最初は1000部出して、こんなに売れるのか心配だったんですが、出して3ヶ月くらいで在庫がなくなってしまったんです。

――どこかで宣伝などはされたんですか?

田村|宣伝はそんなにしていないんです。タムラ堂の近所にある吉祥寺に「OUTBOUND」というお店があって、基本的には雑貨を売るお店なんですが、ギャラリーと一体になったような素敵な空間なんです。そこで『夜の木』の出版記念という形で展示販売をしていただいたんです。本が出たのは2012年の7月だったんですが、8月いっぱい展示販売していただきました。そのお店に出入りしている方たちが色々なものづくりをしているようなクリエイティブな方が多かった。そういう方々がTwitterやFacebookで発信してくれて広まっていったように思います。

✑ 吉祥寺「OUTBOUND」|オーナーの小林和人さんがセレクトした雑貨を販売するショップ&ギャラリー。ここから『夜の木』は広がった。

――もともとOUTBOUNDとはお付き合いがあったんですか。

田村|オーナーの小林さんと知り合いになったことがきっかけです。妻(青木恵都)が翻訳をやっておりまして、ロシアのピアニスト、アファナシエフの音楽エッセイ『天空の沈黙』(未知谷)を2011年の暮れに田村恵子の名前で翻訳したんです。

✑ ヴァレリー・アファナシエフ著、田村恵子訳『天空の沈黙』|思考するピアニスト、あるいは言葉を操るピアニスト、アファナシエフ。彼自身による音楽についての十章。

青木|「本のちらしを置かせてください」ということでお邪魔して、ちらしも置いていただいて本も買ってくださったんです。小林さんも『あたらしい日用品』(マイナビ)という本を出したばかりで、私も小林さんの本を買って、お互いの出した本を交換したような感じで、それがご縁なんです。

✑ 小林和人著『あたらしい日用品』|吉祥寺の人気生活雑貨店「ラウンダバウト/アウトバウンド」の店主が厳選する実用的で美しい日用品。

田村|そのあとに『夜の木』を出すことになって、彼女が「小林さんは絶対この本が好き」と言って、小林さんにお話したら、とっても気に入ってくださったんです。

✑ 田村さんご夫妻|田村実さん(左)と奥さんの青木恵都さん(右)。写真はボローニャ訪問中。

――お店の雰囲気にぴったりですね。

田村|いまでも飾ってくださっているんです。

✑OUTBOUNDの店内|『夜の木』と雑貨が独特の雰囲気を生んでいる。

田村|表紙の絵は、インド版と日本語版では違うんです。インドで最初に『夜の木』を出してから日本語版を出すまでに5年くらい経っていますが、それまでインドで出していたいくつかの版の表紙の中から選んで、3刷までは使っています。
 4刷版からは「この絵でこの色でやりたい」ということをこちらから向こうに提案して作っているんです。ですから、こちら側のアイディアなんです。「日本語版のオリジナルの表紙です」と言っていたら、インドでも気に入ったみたいで、日本語版の表紙をインドでも使うようになったそうですよ(笑)。

青木|どうしても初版がほしいという方もいらっしゃいますね。図書館で初版を見た方で、本屋さんに注文したら、違う版のものが届いたようで、「自分が欲しい表紙とは違ったから、どうしたら手に入りますか」と言われて、「古本屋さんにあるかもしれませんね」と答えたりしました(笑)。

田村|すべて違った表紙を一緒に販売するわけではないし、前の版がなくなった段階で次の版を刷りますから、前の版と並べた時のバラエティーということを考えても仕方ないことなんですが、どうしても出す側としては、並べた時に次にどういうのがいいのかなと考えてしまいますね。

――次の版の表紙も考えられているんですか?

田村|今、ちょっといろいろと考え始めているところなんです(笑)

子どもも大人もひきつける不思議な力

――『夜の木』を最初に見つけられたボローニャのブックフェアへは、どういうきっかけで行かれたのでしょうか?

田村|僕はもともと児童書出版社に勤務していたのですが、ボローニャでは毎年春に子供の本の大きなブックフェアがあって、そこによく行っていたんです。その時にインドのTara Booksという出版社が出ていて、今でこそ注目される出版社になって、みんながこの出版社を目掛けて行ったりするようになりましたが、その頃はまだ知る人ぞ知る出版社でした。

✑Tara Booksのホームページhttps://tarabooks.com/

田村|その出版社の方が僕のいた出版社のブースにきて、こんな本がありますよと言ってカバンから本を取り出したんです。その時には一目惚れと言うよりも、「何だ、これは?」という感じで、とにかく衝撃でした。僕は小さい子向けの絵本を探しに行っていたので、もっと華やかなものばかりに目を向けていましたから。
 ところがこの本を見せられて、黒いし地味だし、本当に子供向けなのか、ちょっと見ただけでは分からなかったんです。しかもハンドメイドだという。本当に商品になるのかどうかも分からないような感じだった。でも、すごく気になってしまってね……。

――インドでは子供向けの本ということで刊行しているものなんですか?

田村|違うようですね。値段も高いですから、子供が読んで汚したり破ってしまうかもしれないので、大人が買って子供も一緒に読むものという感じでしょうね。若い人たちも含めて大人の人が買って、子供はどうかなあと思いながらも読み聞かせてみたら、子供が夢中になってしまった。
 子供の本というのは、なんとなく可愛らしくて、わかりやすいというイメージがありますが、そういうものだけではなくて、なんだか不思議なものに小さい頃に出会って、それがすごく気になってしまうということがありますよね。だから子供から何度も読んでほしいとせがまれると言っているお母さんもいらっしゃいました。この本の不思議な魅力を感じる子もいるんだと思います。そういう子にうまく届くとうれしいですね。

『夜の木』の売り方が分からなかった

――ボローニャのブックフェアに行かれたのは、タムラ堂として行かれたわけではなかったんですね。

✑ ボローニャ・ブックフェア|毎年3月~4月頃、イタリアで児童書専門の世界的な見本市「Bologna Children's Book Fair」。世界中の絵本が揃う。

田村|その頃はまだ福音館書店におりまして、そこの編集者として行きました。ただ、もうそろそろ会社を辞めようと思っていた時期なんです。会社に戻ってから、インドのTara Booksから『夜の木』を送ってもらいました。僕はすごく気に入っていたんですが、会社を辞めてしまうので、他の人にこの本を担当してもらうのも悪いですし、それでもやりたいという熱意があればいいですが、あまり反応がよくなかった。子供の本ではないみたいだし、美術書のようでもあるし、どうやって売ればいいのか分からないこともあって、すぐ出版するという感じではなく、ずっとペンディング状態でそのままになってしまったんです。

 会社を辞めてからも、ずっと気になっていたので、ときどきTara Booksにメールをして、日本の出版社からの反応はどうかを聞いていたんです。どこの出版社も何も言ってこないという返事がきていたんですが、そのまま何年も経ってしまいました。それでもやっぱり日本語版がほしいなと思って、僕がフリーの編集者という立場で、どこかの版元へ持ち込んでもいいかを聞いてみたら、どこも出したいところがないのだからいいよと言われたんです。

 興味をもってくれそうな出版社の何社かに持ち込んでみましたが、どこもやらなかったんです。すごい本ですねと言われるんですが、インドでつくって日本へ持ってくるとなると、けっこうリスクがあるということもある。しかも刷った部数をナンバリングされたハンドメイドの本をどうやって流通させるのかという問題もある。

 出版界自体が守りに入っていた時期でもあるので、そんななかでリスクを負いたくはないということもあるのでしょうね。それで版元になってくれる出版社がなくて、仕方がないので自分でやってみようかという気持ちになったんです。それでインドのTara Booksに自分でやることに決めたと伝えたら、協力するということになりました。僕も出版社にいたので、ある程度、出版のことは分かると思っていたのでやることにしたんです。

――夜の木への思いがタムラ堂をつくったんですね。

田村|そうなんです。『夜の木』を出すために作ったんです(笑)。

日本の出版流通はむずかしい

――流通の問題などもありますが、どうされたんですか?

田村|作ってから、どうしようと思いました(笑)。初版は1000部ですが、そんなに売ることができるだろうかと。チェンナイの港から船で運んで、東京の港についた本を福生にある実家に使っていない車庫があったので、そこを倉庫として利用しました。それを売るのに行商で売り歩くのはきついと思ったので、知り合いの小さな出版社をやっている人に聞いたら、大手の取次は相手にしてくれないから、小さな出版社を相手にする取次があるからということで、JRCという取次へ話を持っていきました。

 なぜかと言うと、夏葉社という出版社の島田さんが、自分が出版社を立ち上げた時に、JRCという小さな取次店に持っていったら取り扱ってくれたという話を書いていたんです。それでJRCへ相談をしに本を持っていきました。

✑ 夏葉社|島田潤一郎が2009年に一人で起業した出版社。スローガンは「何度も、読み返される本を。」http://natsuhasha.com/

田村|JRCというのは、そもそも鈴木書店という取次があったんですが潰れてしまって、そこにいた人たちが新たに作った小さな取次なんです。もともとが人文社会科学の硬い本を扱う取次だったので、その流れで硬い本ばかりを取り扱っていたんですが、色んなものを扱いつつあったんです。『夜の木』を持っていったら、社長の後藤さんが、こういうものは扱ったことはないけれども、面白そうだからやってみましょうか、と言ってくれて取り扱ってくれることになりました。

田村|ただ、JRCというのは小さな取次なので全国各地の中小書店を網羅しているわけではないんです。なかなか営業活動もできないような小さな出版社がJRCに頼むと、営業活動もサポートしてくれる。その場合、だいたいが首都圏の大きなチェーン店のジュンク堂書店や紀伊國屋書店のような書店に流していただけることになります。

 ところが、今は東京だけではなくて地方にもたくさんのセレクト型の本屋さんができていて、逆にそういう本屋さんにも置いてほしいと思っていたんです。それでいろいろなところに連絡をしてご案内をしていったら、けっこう注文がくるようになったんです。

 いろんな本屋さんが取り扱ってくれるのは有り難いことですが、全部、自分で梱包もして配送の手配までしなければいけないので、大変ではありましたね(笑)。けっこうリピートで追加注文が入って、4か月ほどで売り切れてしまいました。比率としては半分が取次で、もう半分が直接取り引きの書店や、個人の方からご連絡いただいたのにも対応していきました。

本が結ぶ人と人のつながり

――繋がりでここまで広がっていったんですね。

田村|吉祥寺のOUTBOUNDで展示会をやったら、その展示会を見た方やその話を聞いた方から、自分のところでもやりたいという話が何件かあって、そこでも展示会とともに本を売っていただく展開になりました。

――その展示会では『夜の木』の中で使われている絵のシルクスクリーンを売られていらっしゃいますね。

田村|そうですね。原画とおっしゃる方もいますが、厳密には原画ではありません。原画というのは、版をつくるために描いたもののことです。この本の場合は、そこには色がついていなくて、そこからシルクスクリーンで1枚ごとに刷って色をのせていきます。そうやって1枚を完成させますから、刷り上がったシルクスクリーンが原画のようなものでもあります。
 本のためのシルクスクリーンを大きいサイズにして刷ったシルクスクリーンが、本の中の10場面をとって、10作品25枚ずつあったんです。それを手に入れて、本の宣伝も兼ねて展示しました。販売するつもりはなかったんですが、その作品を買いたい方が出てきたので、またインドから追加で送ってもらったりしました。額も家具を製作しているMobley Works の鰤岡さんが古材を使って『夜の木』の雰囲気に合わせてつくってくれて、額だけでも価値があるようなものなんです。

――『夜の木』のタイトルの文字も、この世界観にぴったりの味わいのある文字で、とてもいいですね。

田村|日本語の文字のデザインをどうしようかと思って、福音館書店にいたときにおつきあいのあったグラフィックデザイナーのセキユリヲさんのところに行って、この本を見せたんです。日本語のデザインをしてくれないか頼んでみたら、どういう字がいいかなあと言いながら、その場で字をメモみたいな感じで書き始めたんです。セキさんも『夜の木』をすごく気に入ってくれて、タムラ堂のロゴまでつくってくれました(笑)。

――『夜の木』を購入すると、本の中に「タムラ堂だより」という紙が挟まれていて、制作過程などが詳しく紹介されていますね。

田村|どんな本かをお知らせしなければならないので、「夜の木通信」ということで『夜の木』の制作過程などの解説を書いた小冊子を本の中に折り込みました。初版では入れていなかったんですが、お客様の反響がよかったので、インドに行ったときの旅行記のようなものを書いたりもしています。今では重版するたびに「夜の木通信」を新しく書いて入れていて、これがけっこう大変なんです(笑)。(後編へつづく

( 前編 / 後編 )

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インタビュー・文:清塚なずな
撮影:小森康仁
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■カテゴリー:インタビュー

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