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インドから日本へ『夜の木』出版物語 −−タムラ堂・田村実さん(後編)

「千夜LAB」では、本の制作の裏側、ものづくりの秘密にも迫ります。今回は、インド発祥の絵本『夜の木』を日本に輸入し、日本版を出版したタムラ堂の田村実さんにインタビューしました。後編では、インドのTara Booksでの本づくりの秘密をご紹介していただきました。

▽田村 実(たむら・みのる)
福音館書店で絵本編集長として絵本や幼年童話などの編集に携わったあと、2012年から「タムラ堂」を名乗り、絵本出版を中心とした活動を行う。『夜の木』はインドから輸入し、インド文化とともに絵本の世界を広く日本に紹介している。https://www.tamura-do.com/

( 前編 / 後編 )

Tara Booksに学ぶ本づくり

――Tara Booksはインドのどこにあるんですか?

田村|チェンナイというところです。昔はマドラスと言っていたところですね。インドの南にある大きな港町で、そこに出版社があって、その町の郊外に工房があります。最初は4〜5人で始めた小さな出版社で、今では10人くらいが働いているようです。工房には20人くらいがいます。

――Tara Booksは『夜の木』のような、手作りのシルクスクリーンの作品のような本ばかりを出されているということですか?

田村|そういうものもやりつつ、子供の本が多いですが、普通のオフセット印刷のものもやっています。ほとんど国内で流通していますが、もちろん翻訳されているものも少なくありません。日本人もオリジナルで出していますよ。

――インドへは行かれたことがあったんですか?

田村|実は初めてなんです。若い頃に放浪旅のようにしてインドに行くのなら分かるけれども、こんな歳になってインドに行くなんて思いませんでした(笑)。インドへしょっちゅう行っているような知り合いの話を聞いて相談したりました。インド人のような旅行をしたいか、外国人のような旅行をしたいかで全然違うそうなんです。何が違うかと言うと、一番はトイレですね。ホテルも地元の人が泊まるようなところはすごく安い。でも、日本で普通に暮らしているような人は大変かもしれないということで、オススメはきちんとしたホテルに泊まったほうがいいと。また行きたいですね。

青木|向こうのホテルは寒いんです。冷房を切ってから出かけて帰ってきたら、また寒くなっている。彼らは冷房することが高級だと思っているらしいんです(笑)。

田村|生水は怖いから絶対にペットボトルの水を飲むようにして過ごしていたら、お腹も壊さなかったし、日本に帰ってきたときには、逆に太っていたくらいです(笑)。

青木|インドでは移動はすべて車で、ほとんど歩かないですからね。

――チェンナイは栄えた場所なんですか?

田村|そうですね。北よりは南の都市のほうがのんびりしていると言われていたんですが、僕らの感覚からしたら全然のんびりはしていなくて、バスは人が乗りすぎて落っこちそうになるくらいでした。人口が多いですからね。

――ついにTara Booksに行かれたんですね。

田村|建物もモダンでとてもいいところで、1階が出版物のショールームになっていて買うこともできます。小さなスペースもあって、そこではワークショップもできて。講演会や展覧会をやったりもしているそうです。2階にはオフィスがあって、最上階にはゲストハウスの小さな部屋がいくつかある。
 インド国内外の色々な地域のアーティストと仕事をしているので、そういう人たちに泊まり込みできてもらって、そこで何ヶ月かの間、生活しながら編集者と一緒になって本をつくるんです。だからアパートのような感じで、生活できるようになっています。そんなふうにして本をつくるなんて、面白いですよね。

――日本では聞かないですね。素晴らしいことですね。

神話的世界を今に伝えるために

――これからもTara Booksの本を出される予定はあるんですか?

田村|ずっと同じことをしていてもとは思いますが、のんびり構えていると次の作品が出てしまって、それを見ると面白いからやりたくなってしまいます(笑)。僕がやらないと言うと、日本の他の出版社がやりたいので待っているようで、それはそれで嫌だったりもする(笑)。だったら僕がやろうかなあと思ってしまいます。

――河出書房新社からもTara Booksの『水の生きもの』を出されていますね。

田村|そうですね。ボローニャのブックフェアで『夜の木』が出たあとの年に見つけたようで、編集者が絶対にやりたいと思ってつくり始めたら、先に『夜の木』が出てしまったんです。もう少しタイミングがずれていたら、僕が『水の生きもの』を出していたかもしれなかったです。

田村|Tara Booksのものは僕が出版したものも含めて今までに日本でいくつか出ていて、それぞれいいんだけれども、その中でも僕は『夜の木』が大好きなんです。「木」がテーマになっていて、その表現の仕方や黒い紙、製本と印刷に至るまで、全部がうまく合ってできている感じがするんです。奇跡のような本です。
 本当に自分で出すかどうかを悩んでいて、手元に原書をずっと置いていたときに東日本大震災があって、その出来事に後押しされたところがありますね。この本には力がある。こんなに本に力があるということを改めて感じたので、きっとこの本を買っていただいた方も本の力というものを感じたのかもしれない。
 自分のために買ったことをきっかけにして、大切な友達のために何冊も買ってくれる方も何人も出てきているので、今でも続いているのかなあと思います。この神話的な世界というのも、逆に今の世の中で暮らしている僕らに何かを訴えてくるものがあるのかもしれません。Tara Booksが出している本は、『夜の木』のあとに出した『世界のはじまり』も、これから出す『太陽と月』も、本当に神話的な世界観なんです。中沢新一(979夜)さんがNHKの「100分 de 名著」という番組でレヴィ=ストロース(317夜)の『野生の思考』を読み直していらっしゃいましたが、そういう未開の力を現代の心性から見つめなおすような作業と通じるところがありますね。

――とても大切なことですね。『夜の木』を通して、現代文明を問い直すような行為を、知らず知らずにしているのかもしれませんね。

田村|インドでもTara Booksがこういう本を頑張って出しているのは、放っておくと消えてしまうということがあるみたいです。

田村|Tara Booksからはこんな本も出ているんですよ。本と言えるかどうか分からないようなものなんですが、一応、絵は物語風になっています。これも手作りで、なんと布製です。インドでは昔からあるブロックプリントという木版のような手法があって、判子のようにして押して染めてつくっているんです。全部、手作りだから1日に5冊くらいしかできない。韓国でも出すから、日本でも一緒に出さないか勧められたんですが、さすがにねえ(笑)。韓国は日本よりも出版文化が進んでいるのかもしれません。

 この題材はインドの民話のようなもので、森の女神さまが描かれているんですが、村人がそこへ行って、きちんとお供えをしているときは生活がうまくいっている。しかし、女神を敬わなくなると生活が荒れてダメになってくる。木も枯れてしまっていますね。なんとかしなくてはということでシャーマンのところへ行って相談すると「忘れている大切なものを思い出しなさい」と言われて村人たちはよみがえります。

 祈りの大切さみたいなものを伝えているんでしょうね。民間信仰とヒンズー教がミックスしたような世界観だと思います。もともとインドでは布に信仰する絵柄を染めて、その布を壁に飾って拝む習慣があったんですが、だんだんとそういう習慣もなくなってきている。文化として残して伝えていきたいという思いや、あるいはこういう手作りの仕事を支援するという意味もあってTara Booksではつくっているんです。だから値段も高い。

 僕のところにTara Booksから出さないかと連絡がありましたが、1冊1万円以上になってしまう。だから出すことはどうしても躊躇してしまいますね。今でもペンディングしたままなんです。
 インドでは500部つくって完売したらしくて、韓国版は200部つくっているそうです。イギリスに展示販売しに行って、メイキングの映像を流したりしたこともあって、その効果が大きいかもしれない。その物自体だけではなくて、背景の話も聞くとほしくなる。そういう意味では『夜の木』も展覧会をやってメイキングの映像も流しましたから、展覧会とセットで紹介するのがいいんでしょうね。

ただいま『太陽と月』を製作中

――5月に新しい本を出されるそうですが、どのようなものですか?

田村|そうですね。『太陽と月』というものです。インドの10人のアーティストが「太陽と月」というテーマで見開きずつ絵を描いたものです。とても素敵ですよ。
 翻訳も再び妻がやっています。もともと『夜の木』も翻訳を誰に頼もうかさんざん迷いました。どうしようと思ったときに、こんなに身近に翻訳できる人がいたことに気がついたんです(笑)。タムラ堂から出している本は3冊で、もうすぐ4冊目を出しますが、結果的に全部、タムラ堂の本は妻が翻訳をしている(笑)。

――とても楽しみですね。この絵は神話的でありながらもユーモアがあって、今までの本とは少し違う雰囲気もありますね。実は私たちの会社はみんな「お月さま」が大好きなんです。刊行されるのを楽しみにしています。温かいお話をありがとうございました。(完)

( 前編 / 後編 )

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インタビュー・文:清塚なずな
撮影:小森康仁
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■カテゴリー:インタビュー

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