テンポを上げるぜ♪/『幸せカナコの殺し屋生活』にテンポの上げ方を学ぶ
若林稔弥さんのマンガ『幸せカナコの殺し屋生活』がビビるほど面白かったので、その魅力の源泉を探り、クリエイターのみなさんの創作・制作に役立つと思われるアウトプットを作りました。
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<本日のテキスト>
・若林稔弥『幸せカナコの殺し屋生活』
-Web版:『幸せカナコの殺し屋生活』(pixiv)
-同人誌版:『幸せカナコの殺し屋生活1』(Amazon)
※2019年1月9日時点:pixivでは無料でご覧になれます。Amazonでは、Kindle Unlimitedの対象になっています。
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私はなかなか激しい肩こり症でして、今日も朝起きた途端に痛みに襲われ、アチャーとひっくり返ったのでした。
それは月に1度ほど襲来し、肩のみならず、首を通って頭へ、あるいは二の腕を下って肘の辺りにまで至る激しい痛みで、疼痛はやがて吐き気に変わり、私の穏やかな日常は為すすべなく蹂躙されるのでした。
痛みは人を醜くするものです。
我が国の憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と明記されていますが、果たしてこれが「健康で文化的な最低限度の生活」なのかと、のたうち回りながらそんなことを嘆いていた次第で、しかしあまりぶつくさ言っていると、うるさい奴だと妻に厭われ、見捨てられる懸念が出てまいります。見捨てられるのは大変に困るので慌てて口を噤み、過去の経験上、あまり期待できぬものとは知りながらもこの日に備えて購入しておいた湿布やらカイロやらを総動員し、あるいは何度も湯船に浸かって血行改善に努めてみたりして、しかしやっぱり駄目で息絶え絶えになり、そうこうしている内にやがて自己憐憫の気持ちが芽生えてきて、気分はもう悲劇のヒロイン。
「神様、いっそ楽にして」なぞと呟いてみて、しかし小心者の私はふと不安に駆られ、本当に死んでしまっては困るので慌てて「……なんちゃって」と付け足して、そうこうしている内に夜の帳が下りてまいりました。
痛みはとめどないものの、いい加減に非生産的な時間を過ごすことにも飽きてきたので、ここはひとつマンガを読んで気分を紛らわそうと考え、そして出会ったのが『幸せカナコの殺し屋生活』なのでした。
pixivであれこれ眺めている内にふと本作を見つけて、「この絵、どこかで見たことがあるようだが……作者は『若林稔弥』さん?……なるほど。『徒然チルドレン』の作者か。これは期待が膨らみます。それでは拝見」とページを繰ってみて、すぐさま度肝を抜かれたのでした。
「ヤッベ!メッチャ面白い!」
しかしpixivに掲載されていたのはわずか12ページ分。これは堪りません。もっと読みたい。圧倒的に足りぬ。読まねば死ぬ。
というわけでネットで検索してみたところ、僥倖。同人誌が刊行されていたのです。しかもAmazonで販売されていると知り、すぐにkindle版を購入。あっという間に読了したのでした。あまりの面白さに興奮したことがよかったのでしょうか。血流が改善されたようで、おかげさまで肩こりもすっかり楽になりました。
……なんて話はどうでもよくて、我々がいま考えねばならぬのは「本作は一体全体なぜこれほどまでに面白いのか?」ということです。
無い知恵を絞りに絞り、そして私が至った結論は、「この面白さは、ちょっと異常なほどのテンポのよさに起因している」ということです。
そっかぁ!テンポのよさが肝要だったんだね!テンポ、テンポ!……なぞと言っていても仕方がなくて、そりゃあどんなクリエイターだってテンポが大切だということは十二分に承知しているはずで、問題は、「それでは一体全体このテンポのよさはどこからやって来るのか?」ということ。そう、重要なのはこれ。
……というわけで今回のテーマは、<テンポを上げるぜ♪『幸せカナコの殺し屋生活』にテンポの上げ方を学ぶ>(※)です。
以下、『幸せカナコの殺し屋生活』のテンポアップに大きく貢献していると思われるポイントを2つご説明します。
※「テンポを上げるぜ♪」:元ネタは「リズムを上げるぜ♪」。『テニスの王子様』に登場する神尾アキラの口癖。『新テニスの王子様』になってからは神尾くんの影が薄くなっている気がしてならないが、ファンゆえのやっかみかもしれない。
作品概要
ここでまず、本作のあらすじをご紹介しましょう。
主人公は西野カナコ……西野カナではありませんよ。
カナコは20代前半(たぶん)の若い女性。物語は、彼女がブラックな職場を辞め、転職活動をしているところから始まります。
カナコは焦っている。彼女は都会で1人暮らしをしていた。生活に余裕なぞない。そしてまた、田舎の両親に心配をかけたくはない。一刻も早く次の職場を探さねばならぬ。世間の風は冷たい。
余裕を失ったカナコは、前職で受けたパワハラのせいでメンタルがおかしくなっていたこともあって、誤って暗殺請負会社の採用面接を受けてしまう。
採用面接で面接官から指摘され、自分が殺し屋になろうとしていることにようやく気づいたカナコ。
彼女はショックを受ける。まさか人を殺すことなぞできぬ。
……が、あれやこれやがあって採用試験をパスしてしまい、あっさり入社。かくしてカナコの殺し屋生活が始まったのでありました、というのが物語冒頭です。
なお、形式は4コママンガ。1話あたり「4コママンガ×4編」で、同人誌1巻には1~4話(計16編)と、おまけマンガ6編、計22編が収録されています。
Point1:突如挿入される動物ダジャレ
それでは本題にまいりましょう。
本作のテンポアップに貢献していると思われるポイントその1は「突如挿入される動物ダジャレ」です。
まずは、1つ例をご紹介しましょう。
上述の通り、誤って暗殺請負会社の採用面接を受けたカナコ。その後、彼女は試験を受けることになります。
面接官を務めた凶悪な顔つきの中年男性(この会社の経営者?もしくは管理職?)が、カナコにスナイパーライフルを手渡します。
面接官「入社テストだ。これで標的を撃て」
カナコはぶっ魂消る。
カナコ「えぇー!?」
面接官「お前の経歴は調べた。標的は前の上司だ」
カナコがスコープを覗く。遥か遠くのビルの非常階段、元上司がタバコを吸っているのが見える。
面接官「現場にはうちの社員がいるから事故死になるよう処理してくれる」
カナコは床に伏せ、人差し指をトリガーに添える。
面接官の言葉に押されて射撃体勢に入ったものの、彼女の心中は穏やかではない。当然至極である。彼女はゴルゴ13ではないし、次元大介でもない。白い死神なぞという二つ名も持っていない(※)。つい先日まで広告代理店に勤めていて、しかしパワハラを受けて退職し、いまは「つらたん」などと呟いて泣きべそをかいているか弱き乙女である。
そして、以下が第1話3編目、3コマ目の彼女のモノローグです。
ムリ!!私に人殺しなんて!!確かに前の上司は私を奴隷みたいに扱っては何かあるたびに罵声を浴びせたり体を触るクズ野郎だったけど
追い詰められた彼女の心境が描かれているわけですが……いかがでしょうか。これだけ見るといまいちだと思いませんか?
どこがいまいちなのか?
あまりにも<説明>的であるという点です。
そもそもあらゆる物語において、<説明>は禁忌。それが物語である以上、必要なのは<説明>ではなく<描写>です。
一体なぜでしょうか?
答えは単純で、<説明>ばかりでは、無味乾燥でちっとも面白くないからです。そう、物語的な面白さとは<描写>に由来するものなのです。
例えば、ここに一篇の学園ラブコメがあったとしましょう。
ヒロインはかわいらしい女子高生。そんな彼女を「かわいい」だの「愛らしい」だのと<説明>するのは愚者の行いです。
「彼女はかわいい少女であった」……この<説明>を読んでどう思いますか?特に何も感じませんよね。「あっそ」と思うだけですよね。
物語においては、彼女のかわいらしさ、愛らしさを<説明>……ではなく、<描写>すべきなのです。読者は彼女にまつわるエピソードを目にして、「ああ、何てかわいいんだ!」「真に愛らしい!」と胸を震わせ、頭を掻き毟る。時には本気で恋に落ちる。これこそが物語的な面白さですよね。「彼女はかわいい少女であった。実に愛らしい少女であった」なんて<説明>では、人の心を動かすことはできません。
例えば……ご想像ください。身長は150cmとやや小柄。肌は白く、そして童顔。
そんな彼女の左目には眼帯、右腕には包帯。とはいえ、ケガを負っているのではありません。
「血の盟約」だの「邪王真眼の使い手」だの意味不明なことを口走り、ゴスロリチックな折り畳み傘を振り回しながらローラーシューズで滑っています。
彼女は狂っているのでしょうか?
いいえ、彼女は中二病なのです。
駅のホームでのこと。電車がプラットフォームに入ってくる。やがて停車。次の瞬間、彼女は右腕を肩の高さに上げ、手のひらを電車の扉に向ける。扉が開く。彼女がチラリとこちらを見る。得意気な顔をしている。まるで、自らの特殊能力によって扉を開けたのだと言わんばかりに(※)。
……いかがでしょうか?メチャクチャかわいいと思いませんか?「かわいい」なんて<説明>は不要。駅のホームでのエピソード=<描写>を読むだけで、十二分にかわいらしさが伝わってきますよね。体が震えるほどの愛おしさを覚えますよね。
……ん?愛おしさなんて覚えない?中二病なんてキモイだけ?
あー……まぁ、蓼食う虫も好き好きといいますから……閑話休題。
さて、なぜ<描写>が重要なのかおわかりいただけたと思います。
私たちはマンガやアニメ、小説、映画、ゲーム、その他様々な作品に胸を熱くしたり、涙を流したり、鼻息を荒くしたりします。一方、それらのあらすじを聞くだけで血沸き胸躍ることは、まぁないですよね。これが<描写>と<説明>の違いです。
私たちの心を動かすのは、いつだって<描写>です。
さて、改めてご覧ください。
ムリ!!私に人殺しなんて!!確かに前の上司は私を奴隷みたいに扱っては何かあるたびに罵声を浴びせたり体を触るクズ野郎だったけど
いかがでしょうか?
初っ端から恐縮ですが、「ムリ!!」なんて言っしまってはまずいわけですね。いや、ウソップでも野比のび太でもないカナコが「ムリ!!」というのはよくわかるのですが、だからといって「ムリ!!」と言わせてしまってはアレでして、「あぁ、彼女はいま『ムリ!!』と感じているのだろうな」と読者が読み取ってくれるような<描写>が求められているわけです。
例えば、つーっと冷汗が垂れたり、ぶるぶる指先が震えたり、チラリと面接官の表情を伺おうとして、でもやっぱり恐ろしくてそんなことはできず、仕方なしに面接官の靴を見つめてみたり、空を飛ぶ鳥を羨まし気に眺めたり、不意にどこからか煮物の匂いなぞが漂ってきて田舎の母を思い出したり、まぁ何でもよいわけですが、そういうあれこれです。
そんな<描写>を通じて、私たちはカナコに感情移入し、ハラハラドキドキすることができるのです。
……が、<描写>にも欠点はありまして、<描写>をぶっ込みまくるとテンポが悪くなるんですよね。特に、本作は4コママンガです。上記のような<描写>を真面目にやろうと思えば、一体全体何コマ、何編費やすことになるのやら。
<説明>と<描写>を比較すると、どう考えても前者の方がコンパクトで、テンポは上がります。先ほどの中二病の少女の例を思い返してみてください。<説明>であれば「彼女はかわいい」とわずか7文字で済むところを、<描写>では何千、何万文字を費やして表現しようとします。まぁ、その「時間の浪費」「文化的な贅肉」こそが物語の面白さなわけですが、とはいえ、ちんたらちんたら<描写>しても、このクソ忙しい時代、誰も読んでくれないことは想像に難くありません。
それでは<描写>を減らし、代わりに<説明>を増やしてテンポを上げればよいのか?
いやいや、それは危険です。上述の通り、物語としての面白味が失われる懸念があります。
<説明>を増やしてテンポを上げれば面白さが失われ、<描写>を増やせば面白くはなるがテンポが落ちる。あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが沈む。さてどうしたものか。
……さぁ、やってまいりました。この記事の最初の山場です。
『幸せカナコの殺し屋生活』では、「テンポを上げるために<説明>を増やし、その代償として無味乾燥になってしまうところを『動物ダジャレ』で補完する」というテクニックが活用され、見事に「テンポ」と「面白さ」の両立が実現されているのです。
詳しくご説明しましょう。
いや、その前に1つお詫びいたします。先ほどからご紹介している第1話3編目、3コマ目のカナコのモノローグですが、実は私が意図的に11文字省略しており、あれは不完全なものなのです。
それでは、カナコのモノローグの完全版をご覧ください。
ムリムリムリムリカタツムリ!!私に人殺しなんて!!確かに前の上司は私を奴隷みたいに扱っては何かあるたびに罵声を浴びせたり体を触るクズ野郎だったけど
※「ムリムリムリカタツムリ」を加筆しました。
聡明なるみなさんは既にお気づきのことでしょう。突如登場した動物ダジャレによって、<説明>的なモノローグの無味乾燥具合が補完され、<説明>的なのに面白いコマに大変身を遂げています。
「ムリムリムリムリカタツムリ」ですからね。突然ぶっ込まれたダジャレに誰もがギョッとすることでしょう。
単なる<説明>的なモノローグが、いとも容易くファニーになる。鮮やかで鮮やかで震えますね。
私もこのテクニックを使ってみたいと思います。
例えば憲法25条であれば以下のような具合でしょう。
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すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するするするするスルメイカ。
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いかがでしょうか?ぐっとファニーになりましたよね(憲法にかわいらしさを求める人がどれだけいるのか疑問ですが)。
「『健康で文化的』?『最低限度の生活』?……何だ、そりゃ?」と首をひねっていた人も、末尾に至ると「おっ!日本国民ならどんな時でもスルメイカを食べる程度の生活は保障されているってわけか!いいね、日本国民!」という具合です。うん。味が出ましたね、スルメイカだけに。
あだしごとはさておき……本作においては、カナコの心情を<説明>する場面が多々見られます。<描写>ではなくて<説明>。本来であれば、確かにテンポは上がるものの、無味乾燥になりかねません。ところが、それが動物ダジャレによって中和され、「テンポ」と「面白さ」が両立されているわけですね。すごい。
それではこの動物ダジャレは、一体どの程度の頻度で使われているのでしょうか?カウントしてみました。
メチャクチャ多い!
上表の通り、動物ダジャレは22編中9編に登場します。
やや毛色の異なる「おまけ」を除くと、16編中8編となり、すなわち50%の出現率。これは相当のインパクトですよ。
例えば『コボちゃん』。
みなさんご存知でしょうか。読売新聞に毎日1編ずつ掲載されているあの4コマ漫画です。もし『コボちゃん』に本作並みのペースで動物ダジャレが登場していたら、と考えてみるとその衝撃度合いがよくわかるでしょう。何しろ、2日に1回の頻度でわけのわからないダジャレ(賛辞)が挿入されるわけですからね。1週間で3~4回。1ヵ月で15回。1年で183回……いやぁ、このハイペースにはビビりますわ。異常ですわ(賛辞)。
かくも動物ダジャレを多用し、まだるっこしい<描写>をカットしていけば、物語全体のテンポが上がるのも納得ですね。
さて……本当は私、ここで「輝く!動物ダジャレBest10」なぞやりたいと思っていたのですが、同人誌はまだ1巻しか発売されておらず、1巻に登場した動物ダジャレは計9個。それなのに「Best10」って、これはもうただの悪質なネタバレ以外の何物でもありません。動物ダジャレの魅力について、是非みなさんと盛り上がりたいと思っていたのですが、致し方ありません。断念いたします。ただ、どうぞベストだけは発表させてください。
私が最も気に入ったのは……
オロオロオロオロヤマタノオロチ!!
これです!
よいですよねぇ。
(言うまでもありませんが)これ、狼狽を表す副詞「オロオロ」と、ヤマタノオロチの「オロ」がかかっているわけですね。いやぁ、カナコのパニック具合が大変よく伝わってきますよね。グレートなダジャレです。私、大いに驚嘆しました。
ワオワオワオワオワオマングース。
※白い死神:フィンランドの軍人、シモ・ヘイヘ氏のこと。スナイパーとして史上最多の確認戦果、542名射殺の記録を持っている。冬戦争(第2次世界大戦中のフィンランドとソ連の戦い)では「白い死神」として恐れられた。
※中二病の少女:『中二病でも恋がしたい!』の小鳥遊六花のこと。私にとっての神。
Point2:お約束をぶっ壊す
続いて、『幸せカナコの殺し屋生活』のテンポアップに貢献しているポイント2つ目にまいりましょう。「お約束をぶっ壊す」です。
その幻想をぶち殺す!!……言ってみたかっただけです(※)。
さて、上述の採用試験において、見事上司を狙撃したカナコ。
第2話は、そんな彼女がトイレでゲーゲー吐いているところから始まります。
第2話1編目、2コマ目のモノローグは以下の通りです。
あの時のこと、頭から離れない……
読者としては、「ああ、なるほどね」と思うわけですね。
ギャグ作品らしくあっさりと狙撃に成功してしまったわけですが、とはいえカナコは赤井秀一でもなければ黒の組織の一員でもありません。そりゃあ人を殺めた後にはゲーゲーやるでしょう。おそらくこのあと、彼女が眠れぬ夜を過ごしたり、良心の呵責に耐えかねて自死を企図したりするシーンが描かれるのでしょう。場合によっては正気を保てず、発狂するのかもしれません。
ここに至って、読者は「うーむ」と唸ることでしょう。いや、カナコが苦しむのはわかるのですが……これ、「感動の大作!全米が泣いた!」的なアレではないですからね。ざっくばらんに言って、コメディに不意に挿入されるヒューマンドラマほどウザったいものはありません。
ところがどっこいですよ、みなさん。ご安心を。『幸せカナコの殺し屋生活』はそんな安っぽいマネはしません。
第2話1編目、2コマ目でゲーゲーやっていたカナコ。ところが3コマ目になると、突如大ジョッキでぐびぐびビールを飲んでいるのです。
……ん?何だ、これ。
カナコの隣では、例の面接官改め、いまや彼女の上司となった中年男性が「お前よく飲むなぁ」と感心しています。
……おかしい。何かがおかしい。
そして4コマ目。目尻に涙を浮かべたカナコのモノローグです。
人を殺して飲むお酒があんなにおいしいなんて……!!
はい、傑作ですね。
紛うことなきマスターピースです。
「ああ、はいはい。例のテンプレ的展開ね」と思わせておいて、たった1コマでちゃぶ台返し。
テンポというのは、要するに体感時間ですからね。見事に予想が覆され、スパッと場面が転換すると(転換したように見えると)、私たちは「テンポがよい」と感じるものです。
作者の側からいえば、「1~2コマ目でテンプレ的展開と勘違いさせて、がっかりしてもらおう。そして3~4コマ目で予想を裏切り、仰天させよう」という具合に、読者の感情や思考を計算し、誘導しているということになります。
さて、ところでみなさんは小池一夫さんをご存知でしょうか?タランティーノ監督による悪ふざけ映画(賛辞)『キル・ビル』の元ネタとなった『子連れ狼』の原作者として名高いあの小池さんです。
彼の著作に『小池一夫のキャラクター創造論』(2016年、ゴマブックス)というのがありまして、以下この中の一節を引用させていただきます。
「人間の《感情》はホルモンの分泌によって支配されている」
ともいえるわけです。
少なくとも、生物学的には、そういうことになっています。
ならば、この
「ホルモンという奴の首根っこをつかまえて、それを自由に操る技術」、すなわち《ホルモン使い》の技術
をマスターできれば、物語としては、これ以上のことはないわけです。
私は先ほど「読者の感情や思考を計算し、誘導している」とご説明しましたが、小池さんはこれを「ホルモン使い」と呼んでいるわけですね。実にセンス溢れる言い回しです。
ここで私が申し上げたいのは、小池さんの表現を拝借すると、『幸せカナコの殺し屋生活』は「ホルモン使い」であるということです。「テンポがよい」と読者が感じるように、物語が構成されているわけです。
さて、動物ダジャレ同様、「お約束をぶっ壊す」についてもどの程度の頻度で使用されているかカウントを試みたのですが、定義が難しいため、ここは大雑把な数字でご勘弁ください。
出現率はやはり50%程度と思われます。
これはもうとんでもないことですよ。
右を向けば「動物ダジャレ」、左を向けば「お約束をぶっ壊す」。逃げ場はありません。かくして私たちはその異常なほどのテンポに弄ばれ、愉悦の時を過ごすわけです。弄ばれるというのは実に心地よいものです。
※その幻想をぶち殺す!!:『とある魔術の禁書目録』における上条当麻の決め台詞。略して「そげぶ」、もしくは「ゲンコロ」。
やってみよう
やってみようのコーナーです。
「動物ダジャレ」及び「お約束をぶっ壊す」を実際に使ってみます。
なお、「動物ダジャレ」そのままではあまりにも芸がないので、私は「歴史上の偉人ダジャレ」を使用することにします……やることは同じですが。
さて、今回挑戦するのは最早様式美の域に達しているこちらのシークエンスです。
<食パンダッシュ&クラッシュ>:食パンをくわえて家を飛び出し、『遅刻、遅刻ぅ!』と慌てて走っていたら曲がり角で素敵な男の子とぶつかり、胸がドキドキ。
「動物ダジャレ」改め「歴史上の偉人ダジャレ」と、「お約束をぶっ壊す」を使うことで、このテンプレ的シークエンスを劇的大改造してやろう、とこのように考えている次第です。
それではまいりましょう。
まずは、このシークエンスを4つのコマに分解します。
1コマ目にちょっと詰め込みすぎた感もありますが、3~4コマ目をじっくり描きたいので致し方ないでしょう。
さて、「歴史上の偉人ダジャレ」と「お約束をぶっ壊す」は、どのコマに適用するのがよいでしょうか?
この2つはテンポアップに有効なテクニックです。ということは、テンポがもたつきそうなコマで使うのが筋でしょう。
そう考えると、まず、1コマ目には不要でしょう。日本のマンガやアニメに慣れ親しんだ人であれば、食パンをくわえて走っている少女を見ただけで、どのようなシーンなのか理解できるはずです。深い<説明>や<描写>は不要。したがってテンポが悪くなる懸念もないと考えられます。
2コマ目はどうでしょう?ここにも不要でしょう。これは最も動的なコマです。1コマ目同様、特別な<説明>や<描写>は不要。よって、わざわざテンポを上げてやる必要はないでしょう。
問題は3コマ目。ぶつかった相手が素敵な男の子であることを読者に伝える必要があります。本来であればそれがどれほど素敵な男の子なのか、どのように素敵な男の子なのかをじっくり<描写>したいところです。
「素敵な男の子」と一言で言っても様々なバリエーションがあるわけで、「背がめっちゃ高くてクール!」なのか、「ツーブロックと耳のピアスがチョー似合う!」なのか、「その上目遣いはヤバいって!胸熱!」なのか、「筋肉モリモリィー!」なのか……「素敵な男の子」なんて<説明>ではなく、しっかり<描写>することが大切です。<描写>することで、読者はドキドキワクワクテカテカしてくれるわけですから。
……が、4コママンガには、長々と<描写>をしている余裕はありません。ここはテンポを重視して、シンプルにいきます。
最もシンプルな方法、それは少女のモノローグを使うことです。「カッ、カッコEー!」とか「おっ……王子!」とか「ヤダ!ステキッ!」みたいなアレですね。
3コマ目に<説明>的なモノローグを追加します。
赤字部分を加筆しました。
少女が男の子を見て「素敵!」と感じたことが、読者に伝わるようになりました。
しかし、んー、アレですね。確かにテンポはよいと思います。パパッと読めますよね。ただ、こうやって見てみると……イケメンキャラを登場させ、他のキャラに「カッコEー!」と言わせることで、読者に彼がイケメンだと伝えるって……クソですね……。
あまりにも<説明>的過ぎ、物語が無味乾燥になっています。辞書や新聞記事ではないのですから、もう少し面白くできるだろう……と思いませんか?
……さぁ、やってきました。いまこそ出番です。
<描写>を割愛し、<説明>することで失われた物語的な面白さ。それを補完すべく、ここに「歴史上の偉人ダジャレ」を挿入しましょう。
「アンドレ・マジノ」というのはアレですね。フランスの軍人、政治家で、対ドイツ要塞線「マジノ線」の実現に貢献した人物です。残念ながら、1932年、54歳の時に好物のカキにあたって死去しています。
……なぁんてことはいまは重要ではなく、いかがでしょうか?自画自賛しますが……「歴史上の偉人ダジャレ」を突っ込んだことで、<説明>的なモノローグの素っ気なさが解消され、「テンポ」と「面白さ」が両立されるようになったのではないでしょうか?
続いて、4コマ目にまいりましょう。
素敵な男の子と出会って胸を高鳴らせるシーンです。
ええ、そりゃあ不意に素敵な男の子と出会ったわけです。胸が早鐘を打つのも納得です。……が、うーん、あまりにも芸がないと思いませんか?
3コマ目を読んだ時点で、読者は「ふむふむ。読めたでござる。この後、この少女は心臓をバクバクさせるわけでござろう?典型的なガール・ミーツ・ボーイでござるな。まぁ、嫌いではない。拙者、確かに嫌いではないが、あまりにもベタすぎる展開はいかがなものか」なぞと考えていることでしょう。
……そのちゃぶ台をひっくり返す!
胸のドキドキはドキドキでも、それは恋愛のドキドキではない!
……いかがでしょうか?オチとしての優劣はともかく、読者の予想を裏切ることには成功しているでしょう。読者は目を見張り、物語が突然大きく動いたという印象を持つ。そしてその結果、テンポがよいと感じてくれるはずです。これぞ秘儀「お約束をぶっ壊す」!
なかなかよい具合になってきました。
さて、改めて全体を見回してみると……んー、4コマ目の少女のモノローグが気になってきました。「やっべ!どうすんだ、これ!過失致死ってかぁ!?」というのは、テンポを重視するあまり、やや<説明>的になり過ぎているきらいがあります。
よろしい!再び「歴史上の偉人ダジャレ」をぶち込みましょう。
「矢田一嘯(やだ・いっしょう)」というのは明治時代に活躍した洋画家で、特に福岡県の洋画普及に貢献した人物ですね。
……なぁんてことはいまは脇に置いておくとして、いかがでしょうか?「歴史上の偉人ダジャレ」を追加したことで、面白味を生み出すことに成功したといえるでしょう。
以上、「動物ダジャレ」(「歴史上の偉人ダジャレ」)及び「お約束をぶっ壊す」のテクニックを使うことで、「テンポ」と「面白さ」の両立を実現し、テンプレ的シークエンスを大改造できたと思います。
ちなみに……物語はこのあと、「少女が男の子の蘇生を試みようとしたところへ、トラックがやって来る → トラックが男の子に激突!男の子の体は跳ね飛ばされ、遠くへ飛んでいく → トラックの運転手が逮捕され、危険運転致死傷罪の有罪判決 → 男の子のガールフレンドが登場。ガールフレンドは別に真犯人がいるのではないかと推理し、捜索を開始 → やがて少女に目を付ける → 真相を暴くべく、少女の学校に転校してくる」なんて展開を考えていまして、焦る少女は「困った困ったこまどり姉妹」、勢いあまってガールフレンドもぶっ殺してしまって「しまったしまった島倉千代子」という予定です(※)……が、まぁいまはそれはどうでもよいとして、以上、やってみようのコーナーでした。
※「困った困ったこまどり姉妹」、「しまったしまった島倉千代子」:いずれも島木譲二さんのギャグ。「よかったよかった吉永小百合」なんてのもある。
まとめ
要点をまとめておきます。
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以上です。みなさんの今後の創作・制作のお役に立てば幸いです。
では、次回の記事でまたお会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(担当:三葉)
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