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小説魔界綺談 安成慚愧〜百

「冷泉殿。」

一同は静まり返って、刀を杖に身体を支え大きく肩で呼吸をする男。冷泉隆豊を見た。

「隆房。お主は勝ったのだ。この後、この国を治めねばならぬ。大将というものは常に利害を見なければならぬ。お主が情で動けば、それを喜ぶ者がおる。その者に利をとらせてはならぬ。」

隆豊の言葉は敵の将ではなく、同朋に向けられる言葉であった。

「この戦で大内は滅びる。しかし民が滅びるわけではない。お主はこの領国を治める責があるのだ。内藤興盛は今はお主には必要な男だ。」

「冷泉殿…」

「わしは冥土に赴く。未練がないわけではないがわしは己の本分は貫いた。それはそれで満足じゃ。隆房。お主はお主の生き様を貫け。」

冷泉はそう言うと、おもむろに刀を逆手に持つと

「大内で共に生きた者よ!おぬしらを責めぬ!しかし、大内と共に生き大内と共に死す、この冷泉隆豊の死に様とくと見るが良い!」

そう叫ぶとその刀をおのが腹に突き立ててた。

そして立ったままギリギリと横一文字に引き廻す。鮮血が吹き出し、腹からぶりぶりと腸が飛び出す。

修羅場を経験し尽くしている隆房ですら息を呑む凄惨な光景であった。

滝のように血潮が流れ出た。

想像を絶する苦痛が隆豊を襲っているであろうに、この男は顔色ひとつ変えることはなかった。腹圧によって次々飛び出す膓を平然と見ていた。

「もうよかろう。」

隆豊は刀をひき抜くと、その血濡れた刀身でおのが首を刎ねようとしたが、さすがにその余力は残っていなかった。

そのまま、後ろ向きにどうっと倒れ込む、血飛沫と砂埃が同時に起こった。兵達は誰も近づくことなく、まるで荘厳な儀式を見守るがごとく水を打ったように静まり返っていた。

あとは、

ひゅーっと。

隆豊の断末魔だけが辺りに響き渡るのみであった。

「み、見事なり。冷泉隆豊…。」

隆房は呻くように呟いた。

もはやこの勇将をこれ以上苦しませるのは忍びない。介錯をしてやることが、隆房のせめてもの盟友に対してできることであった。

隆房は兵を掻き分け、隆豊に近づこうとした。

その刹那。

忽然と現れた。

黒い筒状の服に南蛮人が着るようなマントを羽織った短髪の長身の男。その右手にはギラリと光る剣。

ザシュ!

男は閃光の如き速さで剣を刎ね上げた。隆豊の首が天に舞った。

「何者だ!!」

隆房は叫んだ。

男は天に舞った隆豊の首を掴んだ。不思議なことに首からは一滴の血も流れず、それどころかまるで生きる者のように隆豊の瞳が隆房を見ていた。

兵たちは金縛りにあったように身動き一つできない。

「魔界少女拳頭領。平了。冷泉隆豊殿の魂受け取った。魔界にて転生させよう。」

男はそう言うと、マントを大きく翻した。

「討ち取れ!!」

隆房は叫んだ。

兵たちはその声に機械仕掛けのように槍を男めがけて突き出す。

しかし。

忽然と現れた男は忽然とその姿を消した。

砂埃と共に、黒いマントが激しく回転し、兵たちの槍はことごとくへし折られ、吹き飛んだ。そしてそのマントはまるで空中に吸い込まれるように小さくなっていき瞬く間に消える。

後に残されたのは首を失った隆豊の死骸だけであった。

陶隆房はただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。




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