小林憲侍

今はまだ天然パーマな会社員。

小林憲侍

今はまだ天然パーマな会社員。

最近の記事

いつかは髭ダンディズムに。

充電池は、いじわるだ。 彼らは肝心な時に、なくなる。懐かしのモンハンでもやろうかしらと思ったときに限って、PSPは充電切れ。好きなアーティストの新曲が配信されたという時に限って、イヤホンは充電切れ。そして、朝寝坊してしまって1分1秒をあらそう時に限って、シェーバーは充電切れだ。 顔の右半分をそりおわった時に、突然モーターが止まる。充電してくださいのマークがチカチカ点滅している。なんで今だ。最初から動かなければ無精髭ですんだのに。とんだアシンメトリーフェイス。ある意味、芸術

    • メンコとショベルカー。

      ふと思い出した話。 あれはまだ、ピッカピカの小学1年生の頃のこと。 家のすぐ近くで、工事が始まった。新しい家が建つらしく、物心ついたころからあったボロボロのちいさな倉庫みたいな建物が、あれよあれよと解体された。何もなくなった倉庫跡地に、ショベルカーがきた。 憧れのショベルカー。なんでかはわからないが、当時、一番好きな乗り物がショベルカーだった。ショベルカーのおもちゃも、5台くらい持っていた。 そんな憧れの乗り物を、間近で見るのは初めてだった。しばらくずーっと見ていたが

      • マンモスが未来を救う。

        ジュラシックパーク。 見たことはなくても、一度は耳にしたことであろうこの映画は、現代に恐竜を復活させたところから始まる。 たしか、樹液の化石(琥珀)に入っていた恐竜の血を吸った「蚊」から、恐竜の遺伝子を採取することでよみがえらせたというような話だった気がする。LEGOとお絵描きにしか興味のなかった小学生のぼくは「蚊って、恐竜の皮膚も刺せるんだ。すご。」とぼーっと見ていた。その後、ティラノサウルスにビビり倒すことになる。 そんな映画の話だった絶滅生物の復活。この研究が、太

        • あなたが勧めてくるならば。

          人に、本をすすめる。 つい話の流れで口から出てしまう、これ絶対読んでほしい、というような言葉。これは時に、相手に変なプレッシャーをあたえかねない。絶対に読まないといけない。読んで感想を言わなきゃいけない。そう思わせてしまっては、もはや脅しに近い。新手のカツアゲだ。感想のカツアゲ。 しかし、すすめた側には当然脅している意識はなく、この本はきっとあなたのために書かれた本だ、とさえ思うこともある。いま悩んでいることのヒントがここから得られると思う。あなたのやりたいことってこうい

        いつかは髭ダンディズムに。

          熱狂に出会いたい。

          スポーツ観戦で、熱狂したことがない。 電車に乗ると、鮮やかなTシャツを着て、鮮やかなタオルを持つ人がちらほら。調べてみると、近くでサッカーの試合があったようだ。いわゆる「サポーター」の皆さんだった。お疲れの様子を見るところ、さぞ、熱狂したんだろう。 スポーツ観戦で熱狂してみたいとは思う。熱狂している人に、少し憧れに近い感情すらある。「今週末は、試合だ!楽しみだ!」とか、「あの選手が加入した!すげぇ!」とか。そういう人を外から見ていると楽しそうだなと思う。しかし、いざ熱狂し

          熱狂に出会いたい。

          指一本の労力

          読みたい本が、たまってきた。 本屋さんに行き運命を感じた本に手を伸ばしてしまうだけでなく、「これは気になる!」と思った本もネットでポチッとしてしまう。こうして、積読が積まれていく。積もり積もって、本がミルフィーユのようになっている。 読む時間がない、というわけではないはずだ。たとえば、電車での移動時間。たとえば、お風呂で湯船につかっている時間。たとえば、寝るまでのほんの少しのゆったり時間。これらの時間に、本を開かず、気づくとあいつに時間を奪われていることが多い。あいつとは

          指一本の労力

          ライオンの魚釣り。

          最近よく考える。 個人の能力は、その人が最適な環境にいることで初めて花ひらくものなんだよなと。 たとえばここに百獣の王ライオンがいる。立派なたてがみは勇ましく、サバンナを駆け抜ける筋肉と、獲物をとらえて離さないツメとキバをもっている。 このライオンを海に放り込んで、「さあ!アジをとってらっしゃい!」と言う。ライオンは泳ぎが苦手で、ゴボゴボと溺れてしまう。それに、サンマとアジの違いすらわからない。死に物狂いでおぼれながらとった魚がサンマで、「結果が出せていない」「なんて何

          ライオンの魚釣り。

          勇気をくれる赤い本。

          こうなったら、買うしかない。 買おうとしていたわけではないのに、どうしても気になる。手に取って、一度棚にもどして、ひとしきり売り場をウロウロした後に、やっぱりと思いたち、再び戻り、手にする。そういう本は、まず間違いなく面白い。運命とは言い過ぎかもしれないが、自分が今、読むべくして出会ったのだとしか思えなくなる。 こうして買った本が、北尾トロさんの「夕陽に赤い町中華」だった。 まだ読んでいる途中ではあるが、一言だけ感想を述べさせていただくと「町中華は、一番身近な大衆史じゃ

          勇気をくれる赤い本。

          センスと好奇心。

          センスがあるとか、ないとか。 「いい感じに見える」というときに「センスあるね」という人がいる。具体的にはわからないけど、なんかいいんだよなという時に使われる「センスあるね」。これがあまり好きではない。魔法みたいにチャチャッとやってるんでしょ?と言ってるように聞こえる。 努力を認めてほしいとか、苦労を知ってほしいとかではない。ただ、そう言われると、無条件に評価を下されている気分になる。たとえばだが、その道のプロの人に同じ言葉を投げかけるだろうか?立場も能力も関係なく「センス

          センスと好奇心。

          潤いは電車のあとで。

          帰りの電車で、喉の渇きに気づく。 それもそのはず。よく考えたら、今日はあまり水分を取っていなかった。黙々とパソコンにかじりつき、ふと外に目をやったら夕方になっていた。 タイミングよく、次が乗り換え駅だ。自販機で飲み物を買おう。たしか、乗り換えの途中にいくつか自販機があったはずだ。それも、そこそこバラエティにとんだラインナップだったような。紙パックのジュースもあった気がする。自販機でジュースを買うことに、少しワクワクしてきた自分が電車の窓にうつる。 子供の頃は、自販機で飲

          潤いは電車のあとで。

          満員電車の想像力。

          満員電車に揺られる。 閉鎖空間。むわっとする空気。知らない人がずっととなりにいる状況。知らない人のカバンがぶつかってくる。知らない人の肩がぶつかってくる。マナーが良くない人が気になる。つかまるところがない。ぎゅうぎゅうづめ。 とにかく満員電車の嫌なところをあげろと言われたら、枚挙にいとまがない。当然のことながら、満員電車が大好きという人もめずらしいだろう。 しかし満員電車では、「自分の感覚」と「他人の感覚」の違いをおおいに考えさせられる。たとえば、立ち方。知らない人と顔

          満員電車の想像力。

          4月は忙しいという世間話。

          いったい何年振りになるのだろう。 思い出せないくらい久々に歯医者さんに通っている。もう無視できないくらいに、親知らずあたりに違和感があったからだ。違和感は違和感ではなく、やっぱり虫歯になっていて、当然の流れで抜歯をした。その術後の経過観察だ。 「4月はやっぱり忙しいですか?」 不意に先生に話しかけられる。歯医者さん特有の電動椅子はしっかりと倒され、自分の口にライトが当てられている。まるで、口がアカデミー賞を受賞して、素晴らしいコメントを求められているかのように。 「そう

          4月は忙しいという世間話。

          いつもアリはそこにいた。

          町を歩くのが好きだ。 気の向くままに、思いのままに、町を歩く。別に写真を撮るわけでもないし、どこかにたどり着こうとしているわけでもない。目的なく歩くと、普段は素通りするようなものに足が向く。例えば、教科書に載ってない人の銅像だったり、何かの跡地だったことを解説する標識だったり。そういう情報を紡いでいくと、町の色や性格が見えてくるからおもしろい。 今日も今日とて、町を歩いていた。ちょっと足が疲れてきたので、公園にあったベンチに座る。ふと、視線を落とすと、そこにアリの巣が。数

          いつもアリはそこにいた。

          ドラマに気づくかどうか。

          おもしろいことに遭遇する人が、うらやましい。 以前、友人から聞いた話。ある日、彼は知人の誘いでGLAYのライブに行ったのだそうだ。さしてGLAYに興味があったわけではなかったが、誘ってきた知人が熱狂的なファンらしく、とりあえずついていった程度のことだったらしい。 ライブは遠方で行われたので、その日は近くのホテルに宿泊。ホテルについてた大浴場で、移動とライブで疲れた体を癒していた。そろそろ出ようかなと思った時に、ガラガラっとドアが開き大浴場に入ってくる人影が。 よーく見た

          ドラマに気づくかどうか。

          ジムで気づかされたこと。

          ジムに通い始めた。 運動を習慣にして血行がよくなれば、想像力も豊かになるかもしれない。そんな、淡い期待を抱き、24時間営業のジムに入会を決めた。 結論、入会してよかった。ジムとは、こんなにも快適に運動ができる場所だったなんて。この時期はジョギングをしたくても、花粉が気になってできなかった。でも、ジムのランニングマシンなら花粉を気にせず走ることができるし、天候に左右されることもない。今のところ、想像力が豊かになった実感はないけど。 今日はいつもより「ガチ勢」の方が、たくさ

          ジムで気づかされたこと。

          卒業にある強制力

          風が、なま暖かい。 4月も半分が過ぎて、フレッシュな空気感をまとう人たちにも見慣れてきた。新入社員、新入生の皆さんは、だんだんと新生活に慣れつつありますか。流石にまだ早いですか。のんびりやりましょ。 ついこの間まで過ごしていた、慣れ親しんだ世界。そこからある意味、強制的に追い出される。「卒業」とは、ある種の強制力があると思う。「もっとみんなと一緒にいたかったあ」と涙する場面は、一見すると感動的だけど、強制的に引きはなされていると考えると、ちょっと残酷だ。 強制的に追い出

          卒業にある強制力