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追いかけたい病

 恋は追いかけたい。それが私の病だ。いつだって追いかけたい。だからか私は恋が成就したことはない。

 一人目、高校の吹奏楽部でトロンボーンをやっていた長坂君。なんで好きになったか。トロンボーンを片付ける時の仕草が上品だったから。あと顔。長坂君にがんがん話しかけた。最初は優しく話をしてくれたけど、だんだん避けられて、目も合わせてくれなくなった。恋のお墓一つ完成。

 二人目、大学の軽音サークルで知り合ったバンドマンの東君。なんで好きになったか。話が面白くていつも私の腹筋を崩壊させたから。あと顔。東君は最初、私がデートに誘った時、喜んでくれたけど、好きアピールをしすぎてナメられてしまい、過去問渡す要員にさせられてしまった。あまりに理不尽で、ぶち切れたらそれっきり。ラインをブロックされた。恋のお墓二つ目完成。


 三人目、職場の上司、桜木主任。なんで好きになったか。笑顔が素敵だったから。あと顔。桜木主任はオスカーワイルドが好きだったからオスカーワイルドの写真がプリントされているTシャツをプレゼントした。え?ちゃんと仲良くなってから渡したかって?だって動かずにはいられないんだもの。美味しそうな果実は誰だってすぐ欲しいでしょ。そんなわけでアタックしまくったらまた避けられるように。桜木主任は私と仲がよかった女の子と付き合い始めたと後から知った。恋のお墓、三つ目完成。


「いい加減、目を覚ましなよ。追いかけすぎだって美空はさ。」

 友達の玲ちゃんが言った。

「分かってるよ。分かってるけどさ、追いかけずにはいられないんだもの。」

 私は答えた。

「じゃあこうすればいいんじゃない?何か夢を追いかける。男ってさ、男に飢えてる女より、何かに一生懸命になっている女の方が好きだと思う。」

 確かに、と私は思った。しかし、私に夢なんてなかった。周りに合わせて部活や大学、会社に入ったが全て自分軸では動いていない。世間の常識からずれないように生きてきただけ。習い事なんて続いたことはない。我ながら、中身空っぽのつまらない女だと思った。

 ここは私の人生の転機、何か夢を見つけよう。

 それから私は夢が何かないか考えながら生活していた。会社で発注する時、お昼にスープとおにぎりを食べる時、車で家に帰る時。毎日考えていたが何も浮かばなかった。

 そのことを玲ちゃんにラインで伝えたら、「自分を変えようとしてて偉いじゃん。夢が見つからないなら一緒に京都に旅行に行って気分転換でもしない?」と返事。

 私はその話に乗った。

 京都で出会ってしまった。私の人生を変えるものに。

 玲ちゃんが行きたいと行っていた京都の美術展へ行った。私は玲ちゃんが目を輝かせながら絵を見ている横で冷めた目をもって絵を眺めた。美術展のテーマは愛。何が愛だ。そんな簡単に手に入るもんじゃない。私は一生独身女になるかもしれないんだぞ。どの絵もいちゃこらしやがって。結局私は愛も夢もない空っぽ人間のまま人生を終えるのかもしれない。そう絶望した時だった。その絵を見つけた。いちゃこらしている男女を遠くから眺めている女の絵を。その切ない表情に私は心を打たれた。そうだよ。脇役だって一つの人生を生きているんだよ。

 私は帰りの新幹線、玲ちゃんが居眠りしている横で、恋の脇役の
のための絵を描くことを決意した。

 居住地の田舎に一つだけある美術予備校に会社が休みな土日だけ通って絵を描いた。私の絵は周りの美大志望の高校生と比べると、はるかに下手だった。それでもよかった。私は今まで持ったことのない情熱に突き動かされていた。

 美術予備校で一番言われたことは遠くから絵を眺めてバランスの調整を行うことだった。始めはそれができなかったが、だんだんコツがつかめてできるようになった。

 なぜか絵に情熱をもったら仕事も早くできるようになり、改善点にも気づくようになった。そして初めてモテ期がきた。

「橋本さん、僕と付き合ってください。」

 仕事帰りに同期の丸岡君に言われた時、私の心はもう決まっていた。

 丸岡君は優しい。あと、顔もいい。答えはもちろん・・・。


 私は幸せだった。なぜなら自分の好きな自分になれたから。

「ごめん私、夢を追いかけたい病なんだ。」

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