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「ニシカワの日記」さん×高野一弥

タイトル: 『なんしか秘密』

「よーよー、ニシカワさんよ。ちょいと俺の相談に乗ってくれないかしら」

会社の休憩室でお弁当を広げてる彼女に、普段より若干小さめの声で話しかける。

「高野さん今日お昼一人?めずらしい。いいよ」

彼女がにっこり笑って頷いたのを確認したのち斜向かいの椅子を引いてどっかりと腰をかけた。
今、俺の向かいで涼し気な澄んだ眼をしている年上の彼女は、職場の後輩であり、俺の彼女、日暮優と「なかよしさん」でもある。

ニシカワさんはさくさく仕事をこなすオフィスレディーで、業務だけではなく、職場の人間関係のフォローも完璧にこなすため、次期管理者候補としての呼び声も高い。仕事ができる人間はコミュニケーション能力ももっぱら高い、これは紛れもない事実だ。

ところで俺の恋人の優は、人に心を開くまでかなりの時間を要する典型的なコミュ症だが、不思議とニシカワさんにはかなり早い段階で心を許しているようだった。俺とふたりで話しているのにニシカワさんの話題ばかりをするから、相当、彼女のことが好きなんでしょうね。

「今日ね、ニシカワさんが海外旅行のおみやげくれたの!これ!博物館のトートバッグ。見て、ちょーかわいくない?」

優はテンション高めに俺にトートバッグを目の前にぶらさげて自慢してくる。
……またトートバッグ。優、お前は自宅にどれたけニシカワさんから頂いたトートバッグが存在するか数えたことはあるか。きっとねえだろうな。
5枚だ、うちには5枚のトートバッグが鎮座しているんだ。

「ねえ、ニシカワさんから美味しい味噌汁の作り方教えてもらったの。今日の夕ごはん、味噌汁とごはんだけでいいよね」

ニシカワさんよ……優に滋味深い料理を教えてくれてありがとうございます。これで食欲旺盛な20代の男子の胃袋に詰めるおかずが一品減りましたよ。
……なんてね。これまでまともに包丁を持ったことのない優が、積極的にキッチンに立つようになったのはあなたのおかげなんだよ。

卓を囲みながら、ニシカワさんの話ばかり口にするものだから、あなたに嫉妬してしまうことがある。俺には見せてくれない顔を、あなたは知っているのかもしれない。そう思うと、柄にもなく女のあなたに妬いてしまうんだ。

女もメロメロにさせるニシカワさんと接していて気づいたことがある。彼女のゆったりと落ちついた優しい声は、初対面の相手をリラックスさせる何かを秘めている。
その秘密は何だろうと探るけれども、具体的に表現するのはなんとも難しい。

会話の中で相手を安心させて、存分に私の懐に入ってご覧と誘われるような安堵感を持ち合わせている。
そんな穏やかなあなたが友人の少ない優と「なかよし」になってくれているのは、彼氏としてはとても喜ばしいことだ。とても、とても。

彼女の弁当をちらりと覗き見したら、マーボー茄子、たけのこの煮物、かぶのぬか漬け、ゆかりごはん、デザートにオレンジが添えられたバランス良い献立で、俺の腹の虫はぐうと鳴った。
「聞こえた?」と訊ねたら「ばっちり聞こえた。健康!」と言う。ほんと、こういうところなんだろうな。俺との差。

そういえば、真の料理上手はこれみよがしに知識をひけらかしたり、同じ料理を作ることを強要しない。ニシカワさんはどっかの誰かさんみたいに「たこ焼き器でアヒージョできるよ、やってみて」なんてこと言ったりしない。

優が習った具沢山味噌汁も「まじ、ご飯めんどい」と優がぼやいたから「おかず兼用のお味噌汁にしちゃえば楽かもよ」と彼女が提案してくれたそうだ。
「アドバイス」と「提案」のこの微妙な差、わかるかな?

休憩室で俺も持参した曲げわっぱのふたを開ける。カルビのてかてかした脂が俺の胃袋をますますぎゅうとさせる。

「高野さん、焼肉弁当おいしそ。それで、相談って?」

そう言って彼女は顔を傾げた。よく梳かれたこしのある黒い髪がさらりと揺れ、藍色のピアスがきらりと光る。いいセンスしてる。

「今週末、優の誕生日なんだけど、どんなのがいいか教えてほし……」

最後まで言い終わらないうちに、彼女は眉毛をハの字型に曲げ、テーブルの端をバンバン叩いて爆笑した。え……俺そんな変なこと言った?

「高野さんて、意外とふつーの男の子なんだね。はーおかしい。なんかすごい可愛い。あー、涙出てきた。」

あは、そうかな、なんて答えながら顔がかっと赤くなる。俺はこの歳まで年上の女性から可愛いと言われたことがあったろうか。
いや、年齢関係なく、ない。皆無だ。

「なんかムカつく」「もう一回、言ってみろ天パ」「頭が高い」「口が悪い」「黙れ天パ」「腐れ外道」「てめえのケツから手えつっこんで奥歯がたがた言わせんぞ」

女どもからは罵詈雑言のオンパレードの人生だったから拍子抜けしてしまった。

「そうだね、優ちゃん、誕生日近いよね。もしかしてサプライズするために女の子と一緒にアクセサリー選んでもらおうとか考えてた?」

ニヤニヤ笑う彼女。ご名答過ぎて「あ、はい」と肩をすくめて頷くことしかできない。

「それ、あとでばれたら死ぬほど面倒なことになるからやめたほうがいいよ」

ニシカワさん、恐るべし。あなたはいつも何でもかんでもすべてをお見通しだ。あなたにこうして教えて貰わなかったら、おそらく虫生君の彼女あたりに頼んで優好みのアクセサリーを選んで貰っていただろう。足癖の悪いあの彼女の蹴りのひとつやふたつ、甘んじて受け入れる覚悟はできていた。

「男の人の方がそういうサプライズ好きだよね。でも、あげたい物と相手が欲しい物が食い違うことも多いからね。彼氏が勝手にアクセ買ったけど全然趣味じゃなかったって怒っちゃう子も、なんしかいるみたいだよ。せっかくのプレゼントなのにね」
「なんしか?」
「うん。なんしか」
そう言ってニシカワさんがウフフと微笑む。なんしか、ってなんですか。

「ニシカワさん、おまたせ」
弁当箱が入ったトートバッグを持って休憩室に入って来た優は、ニシカワさんの真横の椅子を引いて座るなり、机に突っ伏して言った。
「あー、最後の対応すんごい長引いたあ、やっぱり私この仕事向いてないのかなあ」

あーあ、女特有のただ聞いてほしいだけの愚痴をボロボロと吐き出す。また始まった。
ニシカワさん、こういうのうざいからガン無視してもらって大丈夫です。俺が彼女に視線を送って合図すると、ニシカワさんは優の背中をさすりながら諭すように言う。

「そう?優ちゃんはお客様に親身になって、一緒になって解決を導こうとしているでしょ?そういう対応ができる人が、この仕事に一番向いているんだよ」

神か。いや、まじ神光臨。俺なら「じゃ、辞めれば」で済ませるところをきちんと優の気持ちを汲み取って、宥めている。ニシカワさんの神対応を拝みながら負けじと俺も応戦する。

「そうだそうだ。俺特製のカルビ丼弁当食って元気出せ。なんしか元気になるだろ」

そういうと、「なんしか?!」優と彼女は顔を合わせてあははと笑った。
なあ、「なんしか」って一体なんなんだよ、爆笑してないで教えてくれよ。
2人だけの秘密なんて言わないでくれよ、もう。

だけど、俺のことをのけ者にしてもいいから、いつまでも「なかよしさん」であってほしい。俺の優を大事にしてくれよな。
ケツポケットの中からコーチの二つ折り財布を取り出して、中からバスキンロビンスのアイス無料券を2枚取りだしてニシカワさんに手渡した。

「これ、あげるからあとで2人でアイス食べてきたらいいよ。俺、今日からダイエットするから」

目をまんまるにしたニシカワさんが言う。

「焼き肉弁当食べておいてダイエット……?今日の高野さんやっぱりなんしか変だわ」

ああもう、だから、なんしかってなんだよ。
優とニシカワさんのキャッキャした声を聞いていると、なんしか、いろんなことが、どうでもよくなってくる。

(了)

スペシャルサンクス!ニシカワさん

「ニシカワの日記」さん、「ら、のはなし」にコメントを投稿頂き、ありがとうございました。

「蝉、ネゴシエーション」の高野一弥の後輩がよいとのことで承りました。

ニシカワさんの日記を拝見するなかで、

・トートバックコレクション
・おしゃれな装い
・料理上手
・やさしい雰囲気

を感じ取り、作品に投影致しました。
お気に召していただけたら幸いです。

改めて、コメントをくださってありがとうございました。


追記!ニシカワさん、感想をありがとうございます。とってもとってもうれしいです。


いつまでも、きみのともだち。
ヤスタニアリサ

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#小説

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