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『誰も知らない唯一の場所』

「ら、のはなし第2弾」にご応募頂いた皆様、ありがとうございます。
1回目のゲストは岩代ゆいさんです。
『夏色』の夏音(かのん)と同じ高校で憧れの先輩、という設定で書かせて頂きました。

ゆいさんのイメージ:
静かな情熱、穏やかさの中に秘めるさみしさ、キリスト教徒、万年筆への愛です。

この物語は『夏色』の夏音が転校先の女子高で友達が恵まれず、強がっているシーンから始まり、一学年上のゆいさんと出会い、友情をはぐくんでいくストーリーです。
おとなになるにつれ、以前は当たり前にできていた「友達の作り方」がわからなくなるときがあります。それは、17歳の夏音も同じ。
ゆいさんのような受け皿の大きな人なら、きっと夏音のような人間も自然と心を開いていくことでしょう。
短いストーリーではありますが、人と人との距離が縮まる瞬間を描けていたらいいな、と思い作りました。
岩代ゆいさん、改めて「ら、のはなし」企画にご参加頂きありがとうございました。


誰も知らない唯一の場所


 
 ゆいさんとの出会いは人気のない図書館だった。
 昼休み、昼食も取らずに図書館へ向かう。扉を静かに開けて中に足を踏み入れると、図書館特有の紙の香りが鼻をかすめる。
この匂いは学校の図書館も、市内の図書館も同じだ。東京の図書館も富山県の図書館も同じ。本の匂いは地続きでいてくれる。その事実が私を少しだけ安堵させる。

 父親の会社の都合で私は夏休み明けに都内の学校から富山県内の女子高に転校することが決まった。転校して今日でちょうど一週間経つが、現在はっきり友達と明言できる生徒はひとりもいない。別に友達なんていなくたってなんとでもなると思っているし、友達は無理に作るものでもないだろうけど、なんとなく心細いのは否めない。以前の学校の色葉(いろは)のような友達が、心を許してなんでも明け透けに話してくれる友達が私のそばにはひとりもいない。

 ふと腕に目をやると日焼けが大陸の地図のように広がり、端の部分の皮がめくれている。この夏、私は色葉とともに四国に行き、徳島県の一番札所から順にお遍路をした。当初、東京から四国まで自転車でめぐろうと考えていたが計画している際に無謀すぎると知ったため、高速バスで徳島まで行き、札所の間はバスとタクシーで回ることにした。
 結果的に日程の問題というより金銭的な問題で四国には二週間しか滞在できず、札所も三十カ所回ったところで断念したけれどそれはそれでいい思い出になった。

 図書館は書籍が痛まないよう必ず建物の北側に作られるというのは本当なのだろうか。どの図書館もいつもしんとして、ひんやりとした気持ちになる。
 人気のない図書館では手あかのついていない本が数多く存在する。真新しい本を手に取り、この本の一番はじめの読者が私であることを嬉しく思った。小さいころに夢中になって読んださとうさとるの「誰も知らない小さな国」。実際には目に見えないコロボックルの姿を想像して、私だったらどのように彼らとお話をするか、どんな王国を作り上げるか、そんな空想を繰り返し行っていたことを懐かしく思い出した。

 今、カウンターで一人の女子学生が貸し出し手続きを行っている。斜め後ろからその姿を眺める。おそらく彼女の所有物であろう黒い万年筆で貸し出しカードにさらさらと本のタイトルと名前を記載していた。ぱちんとキャップを閉めたとき、銀色の蛇の模様がちらりと見えた。綺麗。

 彼女が振り返ると、ふわりとディオールの香水の匂いを感じた。私が使っているものと同じ香り。肩下まである髪は緩くウェーブがかかっている。前髪はセンターパーツ。この学校はドレスコードが緩いのが唯一の良さだ。生徒はそれぞれに自身のスタイルを貫いている。すっと通った鼻筋、整えられた眉、一重の目はこちらを見通すような意思の強さを感じた。制服のリボンの色が青だから三年生。私の一学年上に当たる。「どうぞ」と言って彼女が笑うと目が細くなって雰囲気が途端にやわらかくなる。彼女と会って三分しか経過していないのに、ひょっとしたら私と同じタイプの人間かもしれないという予感が働いた。いやだな、色葉の思い込み癖が私にも移っちゃったのかもしれない。

「すみません」
 カウンターを譲ってもらい貸し出し手続きを行っていると、彼女は後ろから私のカードをのぞき込んでから言った。
「もしかして、二葉女子から来た石橋さん、かな」
少し驚いてからそうです、と小さく返事を返した。二葉女子高校は転校前に在席していた高校だ。どうして私のことを? 訊ねると
「東京にいる親戚がね、二葉女子に通っているの。学内一のべっぴんさんがそっちに行くよって聞いてね、楽しみにしていたんだ」
 そんな、とんでもないですと返す私にふふふ謙遜、と笑う彼女にはなぜかほんの少しだけ笑顔に影が見える。なぜだろう。いや、疑問に感じても知ろうとするのは無理がある。だってまだ私たちは出会って五分しか経っていない。

 そんな図書館での出会いをきっかけにして、私たちは昼休みにこっそりと逢瀬を重ねた。「とっておきの場所があるよ」そう言って彼女が教えてくれたのは、屋上のフェンスを越えた場所だった。屋上の入口からも校庭からも視覚になっている場所だから教師に注意されることもないが、あと一歩踏み出せば惨事が待ち受けている。遮るものがなにもない場所で私たちはひっそりと密会を続けた。

 この学校は上下関係がうるさいから上の学年には必ず名前の後に先輩をつけて呼ぶことが必須になっている。だけど私は彼女のことをゆいさんと呼んだ。ゆい先輩と呼べばゆいさんはやめてよ気持ち悪いと言って私のことを結構強くぶつので、ゆいさんと呼んだ。しばらくしてゆいさんは学園中の憧れの女性だということを知る。こんな武勇伝を持つということも。

 ゆいさんは昨年、生徒会長を務め、全生徒を惹きつけて離さない存在だったという。これは素直に頷ける話だ。彼女は成績も学年トップで書道部の部長も引き受けている。そして彼女の生徒会総選挙での演説は今でも名演説として学校に名を残しているらしい。

「私たちの髪型が自由でないのは、私たちのファッションが制限されているのは、ひとつ秩序が乱れたらすべての秩序が乱れるという考えのもと、徹底的に制圧をかける割れ窓理論でしかありません。私は昨日理事長と約束を交わしました。半年間、提示した約束が破られなければ私たちが求めるドレスコードは守られます。私が当選した暁にはあなたたちのファッションを私が守ります!」

 そう高々に声をあげ、九十パーセント以上の票を得たということだった。彼女らしいのは、そのことをこれまで私に自慢気に話さなかったことだ。またすごい演説をしましたね、と言ったらまあねと肩をすくめて微笑んだ。

 ああそうか、ゆいさんの緩いウェーブのかかった髪型は彼女が自身で手に入れたものだったのだ。聞けばこれまでこの女子高では髪型はショートか三つ編みの二択だったのだという。ダサすぎてその校則、死ねる。
「あのね、変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる冷静さが大事だなって思っているんだ」
 ゆいさんは照れているときは私と目を合わせない。遠くに見える山々と薄い雲を見ながらぽつぽつと語る。
「変えられるかも、って思ったらまずやってみることにしているの。ぶうぶういうのはそのあと」
「ニーバーの祈り、ですね」
 私が言うとはっとした顔でゆいさんがこちらを向く。知ってるの? 最近知ったばかりです。宇多田ヒカルの歌で、ですけど。
「夏音の、そういうところ好きよ」
 ゆいさんが私の肩にもたれかかる。
 私はまだ彼女のことを全然知らない。自分のことを語りたがらない彼女の内面を知るのは時間のかかることだろう。ゆいさんの内面に秘めた情熱もさみしさも私はまだ全然わからない。だけれど、これから長い時間をかけて彼女のことを深く知っていきたい。
 
 あれ、もしかしてこういうふうに思えることが友達のはじまりなのかも。私は購買部で購入した頭脳パンのメープル味を一口齧って飲み込んで、遠方にそびえる美しい山々をなかなか悪くないじゃんと思いながら眺めていた。このまま、授業の開始を知らせるチャイムが永遠に鳴らなければいいのに。

(了)





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ゆいさん

制作メモです。製作時間:5時間
※「ら、のはなし」はあいみょんの楽曲をヒントに企画したものです。
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