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CHOT FRESINOさん×三井岳

タイトル:「ドアをノックするのは誰だ」

『上がってんの、下がってんのみんなはっきり言っとけ 上がってる!』
(©︎KICK THE CAN CREW「マルシェ」)

僕の心臓のBPMは今日、あの子に出会ったあの瞬間から上がりっぱなしだ。

コトの発端は、高校最後の春休みに入り、自宅でだらだら過ごしていたところ、母親に買い物を頼まれたことから始まる。

3月に入ってもまだ気温はあがらず、僕の心の体温も同期するようにあがらず、室内の暖房は25度に設定して何度も読み返したONE PIECEをペラペラとめくっていた。

ドアもノックせず入って来たかあちゃんは、あんたそんなに暇ならリンスインシャンプーのメリットの詰め替えを買ってきてほしいと言う。
かあちゃんの頼みだ、僕はふたつ返事で頷いた。僕の良さって素直ないい子でしょ?

一番近いマツキヨはひどく急な坂の下にある。
そう、事件は会議室ではなく、この日あの時、あの急な坂の下で起こったんだ。

カーポートの下でぼろぼろの深緑の自転車にまたがると、玄関まで見送りに来てくれたかあちゃんが「ご褒美にアルフォート買ってもいいからね」とにこやかに笑う。
彼女に皆まで言うなわかっておると右手で制して、片足を自転車ペダルにかけた。

薬局は家を出たら100メートルほど漕いで右に曲がって、少し行ったとこにある心臓破りの勾配を登り、さらに今度はどちゃくそ急な坂を下ったらすぐ左に曲がって50メートルほど走らせたところにある。

どんだけ〜!と言いたくなるほどの勾配を完全制覇すべく、いちにい、いちにいと立ち漕ぎで交互に両足に力を入れる。太ももとふくらはぎに乳酸が溜まる。なにくそ、18歳の若い筋肉を舐めるな!


今更の説明だが、僕の自転車は電動式ではない。
はあはあはあ、ようやく坂の頂上までたどり着いて、あとは一気に下るだけ。
ブレーキもかけずに軽快に両足を高く上げ坂道を下る、下る、下る。
風は僕の頬を冷たく刺して痛いけど、泣かない。僕はもうじき大学生になるんだから。念願の美大への合格も決まって、あとは彼女でもできたら薔薇色の日々がそこに待っている。はずでしょ?

そんな呑気なことを考えながら、重心を傾け交差点をに左に曲がろうとした時、突然、ショートボブの小柄の若い女性が飛び出して来た! 

危ない!条件反射で僕は自転車の両方のブレーキを思いっきり握った。
後からよくよく考えればわかることだが、自転車のブレーキは左側が後輪、右側が前輪のブレーキに接続されているから両方を一度に握るのはとても危険だ。
だけど、もう、そんなこと考えていられなかった。
だって、ほら人命第一だろ、そんなの。

キキキキキー!!油の足りない自転車の耳をつんざく音、自転車は僕ごと見事に横転してずずずずと地面を滑る。
こういうとき、行動がスローモーションに見えるって本当なんだな。

『アスファルトタイヤを切りつけながら』(©︎「シティーハンター」)のは自転車のみならず大きく転んだ僕の左頰が摩擦でアスファルトに切りつけられた。

なんだこれどちゃくそ痛え!でも僕は男の子だから泣かないもん!これから4年間自由に自分探しをするんだから、ここで死んでなるものか。

不幸中の幸いだったのは、厚手のコートが多少の防護服になったことだろう。こんなことならマフラーもしてくればよかった。

「ごめんなさい!大丈夫ですか!」

悲鳴にも似た声で僕に駆け寄ってきた彼女を薄目を開けて眺めると、ショートボブがさらりと揺れ、くりっとした薄茶の虹彩が美しかった。下から見上げる小柄な女性は、まさに薄ピンクのエプロンをつけた『オーマイ裸足の女神よ』(©︎B'z「裸足の女神」)だった。

「なあ…」

僕はこのチャンスを逃さないと誓った。逃したら次に彼女と話せる機会は失われるだろう。彼女にきちんと次の一言を話しかけよう。

「なあ、フレシノ聞いてる?」

中学3年間好きだったあの子とはとうとう付き合うことはできなかった。だけど、いま、まさに一目惚れではあるけれど、目の前の女性に俺は決めた。彼女と付き合うって決めた。
『一生一緒にいてくれや』(©三木道三「Lifetime Respect 」)はやる気持ちを彼女にぶつけたいが、これはちと気が早いかな?

「フレシノ!ちょっと、おまえ話、聞けって!」
「ん?」
「ん?じゃねえよ!なにひとのパソコンで日記とか書いてんだよ」

俺は両耳に突っ込んだワイヤレスイヤホンをスポンと抜き取る。最近のイヤホンのノイズキャンセラー機能は有能で周囲の音が全く聞こえないから、集中するにはうってつけの代物だ。

僕の斜め後ろから声をかけ続けていたのは同じ高校に通う三井岳(みつい がく)。中学で柔道部だった岳はガタイがいい。黒ぶち眼鏡をしている。
愛称、岳ちゃん。みんな、気のいい彼を愛情を込めて岳ちゃんと呼ぶ。
いま、めったに怒らない岳ちゃんが眉間にしわを寄せ、腕を組んでいる。がんこなラーメン屋のオヤジみたいなポーズでちょっと笑える。

「フレシノさあ、おまえ今日、俺になんか話したいことがあったんだろ?俺んち泊まって朝まで話したいって。そんな顔に傷だらけ作ってまでしてさ。
そんでさっき、俺が風呂入る間にネット見たいからパソコン貸してほしいって言ったよな。それで、なんでおまえはいま、日記を書いてんだよ」
「三井さん、三井さん。これは日記じゃなくてエッセイ!」
「どっちもおんなじようなもんだろ」
「おんなじじゃねぇし!っていうか、岳ちゃん。このデスクトップの「ER」って書いてあるフォルダ何?開いてもいい?」

デスクトップにある不自然なフォルダ名を指差すと岳ちゃんは一気に顔を真っ赤にして、だめだめだめ、フレシノ開けたら絶交だからな!と叫ぶ。うむ、岳ちゃん、実にわかりやすい。
あとこれはフレシノ先輩からのアドバイスだけど、できる男のエロフォルダ名は「新しいフォルダ」が鉄板だぜ。

僕は今日擦った左側の頬をカーぜの上からそっと撫でてから、パソコンを勝手に触ったことを謝った。
まあいいけどさ、それ、エッセイだっけ?先に保存しなよ。僕の岳ちゃんはいつでも優しい。
こんなに優しいし顔だって悪くないのに高校では不思議とモテない。友人の僕が言うのもなんだけど。

なんでだろ?僕が女に生まれたのなら岳ちゃんと付き合うのにな。強いし、優しいし、すげえ音痴だけど。

「そんなことより、フレシノ、今日事故ったんだろ?大丈夫なのかよ。救急車乗ったの?」
「ああ、救急車って意外と出発まで時間かかるのな。そうそうMRIもCTも問題無かった。それよか見てよこれ」
ケツポケットからひよこんさん型のメモ用紙を取り出して開いて見せた。

「けやき幼稚園 坂井 菜々 090×××…?なにこれ」
「これ、俺の新しい女の連絡先。ゲットしました、いえー」
「……ああ、加害者の。そら渡すだろ。へえ幼稚園の先生だったんだな」
「菜々ちゃんのこと加害者って言うなよ!彼女は僕が痛さで目が開けられないでいたら、テンパって『やだどうしよう目を開けてください!こういう時って人工呼吸とか必要なのかな』とか言ってんだぜ。あー、あの時ずっと目ぇつぶってればよかったー。天然すぎて可愛すぎるだろ?
もし岳ちゃんの彼女だったら怪我させた相手の胸ぐら掴んでぐらぐら揺らすくらいはしそうだよな」

岳ちゃんの彼女、武藤いつみは数多くの悪どいエピソードを持つ鉄の女だ。服もボーイッシュだし、髪もボサボサの時があるし、時々本気で喧嘩を売ってくるから油断ならない。
彼氏の男ともだちに喧嘩売る女なんて見たことがないだろ?だけど、その分裏表がないから信用できることは確かだ。
岳ちゃんはいつみを思い出しているのかにやにや笑って気味が悪い。
パソコンの横にあるダンゴムシみたいなキショイぬいぐるみを触って「なにこれきっしょ」と言ったら、「いいだろ。いやげものだよ」と言って彼は僕からぬいぐるみを取り上げるとまたニヤける。なんなんだ、いやげものってどう言う意味だ?

「そういや、岳ちゃんて、いつみとどうやって付き合ったの?あんな色気のない女誘うの、かなりの至難の技じゃね?」

僕は椅子から立ち上がって岳ちゃんのシングルベッドに横になる。今日一緒のベッドで寝ようぜと言ったら「却下」とすぐに答えが返ってきた。岳ちゃんのいけず。
押入れを開け、上段から布団を軽々と運ぶ彼は言う。

「人の彼女を悪くいうんじゃないよ、と言いたいけどかなり至難の技だったよ。もともといつみは中学の先生が好きだったから。だから、いつみと賭けをしたんだ」
「賭け?」
「そう。いつみが好きなタイプって「未来に可能性を感じる人」なんだ。だから、いつみに『俺は立教の心理学部に合格して人間の根っこを理解する学問を学びたい。人間をきちんと理解した上で、いつみを全力でサポートしたい。だから、心理学部に合格して、俺の未来に可能性を感じてくれたら付き合ってくれないか』って言ったんだよね。それで。」
「やだ、岳ちゃん男を見せるねえ。それで見事賭けに勝ったんだ?有言実行しちゃうんだから、すげえなあ」
宣言してからそのあとけっこう大変だったんだぜと言う岳のその目はきらきらと未来に向けて光っていた。
いいなあ、青春だよな。僕も菜々ちゃんとこれから良い関係を築けたらいいのに。

その時、僕のスマホの着信音が軽快に鳴った。通話画面には「菜々ちゃん」の文字。あ、まだ診断結果の連絡してなかった。

心臓の高まりを深呼吸して抑える。
フレシノよく考えろ、これは、最初で最後のチャンスボールだ。この電話切れたら最後、菜々ちゃんとの接点は途切れてしまうだろう。

僕からやさしいストレートボールを投げるから、どうか両手で受け取ってください。

「もしもしフレシノさんですか」
「そうです、わざわざご連絡頂いてごめんなさい」
「心配していました。診断結果、いかかでしたか」
「はい、脳に関しては全く問題ありませんでした。安心してください。ただ…」
「ただ?」
「僕の心臓が異常をきたしています」
「えっ、それってどういう意味ですかっ」
「僕の心臓は、今日菜々さんに会って、あなたに恋をしています。よかったら、改めて僕と会ってくれませんか」
「ちょっと、フレシノさん!冗談やめてください」
「冗談じゃないです。こんな出会いですが、僕はあの時、あなたのことを一瞬で好きになりました。もし僕に1%でも可能性があるのなら、直接会ってお話してくれませんか?」

はっきりと彼女の心臓に伝わるように、僕は投げかけた。
横で岳がダンゴムシのぬいぐるみをぎゅっと握って、真剣な表情をしている。その顔には「いけ、フレシノ」と書かれているようで、僕はこの時ほどいい友達に恵まれたと思ったことはない。
僕の右手は緊張で汗ばんで今にもiphoneを滑り落としてしまいそうだ。心臓のBPMは180ちょうど。どうか、どうか僕の真剣な気持ちが伝わりますように。
僕の第一印象とあなたのファーストインプレッションが同期しますように。
僕が発声できるいちばん優しい声で菜々さんに僕の気持ちを伝えた。


え?その後、僕たちはどうなったかって?

決まってるでしょ、もちろん僕らの未来はハッピーエンドが待っている。

いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさそれだけがただ僕らを悩める時にも未来の世界へ連れてく
(©︎小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」)

光にあふれた世界で、深緑の自転車に乗っかって、今日も彼女の心のドアをノックするのは、この僕だ。(了)



ーーー

CHOT FRESINOさん、「ら、のはなし」にご参加くださってありがとうございます。

岳ちゃんとの恋バナ、リクエストありがとうございます。

今回はフレシノさんのエッセイ風に綴って見ましたがいかがでしょうか。

以下は私のフレシノさんのイメージです。

・恋多きロマンチスト
・音楽だいすき
・あふれる優しさ
・面白いことに巻き込まれている感

改めて、CHOT FURESINOさん、「ら、のはなし」にコメントをくださってありがとうございました。

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