独白【毒薬】

ーーこれはフィクションです、実在の団体、事件とは一切関係がありますーー

ちょっと昔話―否、今話でもしようかな。
今は昔、と言ってもちょっと前のこと。
あれ?1~2年てちょっとだろう?
まぁいいか。時間などここにおいては無意味だ。どこに置いても、目も当てられない。
話を戻そう。戻せるものならだけど。
さて、どこから話そうか?
落ちぶれた天才と言えどもその才は才だ。差異は差異であるし災とも言えよう。
例によってある男の子の話をしようか。
その男の子は…噛み砕いて吐き出して言うなら逸脱していたんだ。
人の心がわからない。わからない事も分からない。
善悪の区別はつくものの。自分を客観視出来ないんだ。
所謂病状ってやつさ。彼が抱えるとある病、【高次脳機能障害】によるものだ。
まぁ当然、周りからの反応も変わってくる。
特に子供達。
仕方ない、といえば仕方ないのだろうね。だから、日本の道徳教育における水準の低さを責めたりはしない。
した所で手の打ちようがないからね。精々手を挙げて終わるだけ。
子どもには理解できない、の一言に尽きるだろう。
障害があることなど分からない。あった所で何がどうなのか分からない。
彼らはサイコパスなのではない。知識がない。知恵がない。それだけだ。
通常、子どもというのは教えられた事以外分からない。
最早その時点でおかしい気もするけど。
はっきり言おう。今の子どもは思考力が足りないものが多い。
脳の、ではなく心の話しさ。
脳で出来ることは処理することだけ。状況を整理するのみだ。そこに人道があるのかな?相手の心を思い遣り、傷付けまいとする慈悲はあるのかな?
この世を救うのはなにか。正しさ?間違いをぶん殴り叩きのめしつるし上げる正しさかな?あるいは強さだろうか?口で言い負かすか拳でねじ伏せる、それで幸せになるだろうか?
いいやならない。甘いことを言わせてもらおうかな。
この世を救えるのは優しさだ。深い深い優しさだ。
この世に足りないのは優しさなんだ。
心なんだ。
心は脳とは違って道具じゃない。
処理ではなく消化にして昇華。
この消化は人体で行われる消化と捉えて欲しい。
養分を抽出し、糧とする消化。
それを行えるのは何か?心なんだ。
僕達の心は、深い思考と慈悲を兼ね備えることが出来る。
甘いかな?それでいい。苦いより、辛いより、甘い方がいい。
ここでちょっと空想をしよう。例え話だ。
自分が怪我をしたとしよう。血が出ている。痛いだろう?血が出る=痛い。これは人間の生体反応として当たり前だ。
さて、自分の痛みは自分でわかる。
でも人の痛みはどうだろう?
誰かが血を流して怪我をしている。
ここでどう思う?
自分の事のように痛くはないだろう。
自分だと自分の痛みが理解出来るはずだ。出来るだろう?ね?
そこへ行くと人の痛みは見ただけでは分からない。
さて、ここで心が発達している人間ならばその痛みを想像するだろう。思わず、無意識にそうなる。
相手の痛みは分からないから自分がそれほどの怪我をしたらどう思うかを考える。
それが心の発達した人間。
もし、そこで考えなければ?
怪我をした人がいる。その処理でおわる。
つまらん。
もっと考えるのだ。
何故か?何故人の痛みを考える必要があるのか?
じゃあ、ここで、小さい頃親や先生に言われたであろうことを思い出そう。
自分が怪我をしたとして、手を貸して貰えたらどうだろう?
嬉しくはないだろうか?ないのならば今すぐ首を吊った方が良い。
優しさを感じ取れない人間は人間ではない。処理機能の着いた肉塊だ。
それでは人間とは呼べない。生き物とも呼べない。
犬ですら、人を思いやる。
野生動物ですら、仲間が傷付けば心配する。
我々は、生き物なのだ。
心を持って生きている。
人に迷惑をかけてはいけない理由はなにか。
自分が迷惑をかけられたら嫌だろう?だからやめろ。

等価交換

めくるめく時代の流れの中で数少ない普遍的に不変であるもの。
自分だけ迷惑をかけておいて自分は嫌だ?
おいおい!笑わせるなよ!
君が大好きなこの世の中において淘汰される風習だろう?
でなくても、この世界の、宇宙の摂理である。それすらも守らないとなるのは存在として間違っている。
思いやるから思いやってもらえる。
それなら迷惑をかけたら迷惑をかけられて当然だろう?等価交換なんだから。
感情と感情、心と心、みんな持っててそれぞれ違うもの。
ここまで言ったら自分を見つめ直していただけるだろう。
何の話だ!と、声を大にして言いたいか?
言えばいいさ。
言ったかな?じゃあ説明しよう。

心の話しさ

人が持つ―否、生き物が持つ心を理屈で説明した。
くだらないと思ったかな?
悪かったよ。
つまらない話を聞かせたね。見せたの方が的確かな?
取り敢えず理解してくれればそれでいい。
よく咀嚼し飲み込んでくれたら幸いだよ。
さて、ここで驚きのニュースがある。
ここまで、殆ど脱線した話なんだ。
話を戻そう―戻せるからね。
ここまで説明したのは最初に言った男の子が手に入れたものだ。
失いかけて、補って、ボロボロでも持っているものだ。
その男の子は心を見つけたんだ。
これこそ人の持ち味を生かした心だと思わないか?
思わないか。
僕も思わない。
余談だが、この男の子が心を手に入れるに際して失ったものがある。
それは強さだ。
壊れた物は、もう壊れない。
壊れたそれに、とって変わるものを見つけたんだ。
壊れかけてはいるものの、壊れてはいない。
それは―

"生きた心"だ

だから僕は枯れた喉を使って声を大にして言おう。

僕の心は生きている
傷つかないし壊れもしないが
生きている

さて、ここまで書き殴っておいて何が言いたいのか。
簡単だよ。

その男の子は生きている。人としての心を持って生きている。

それが言いたいのだ。
毒を飲み込み、薬に変えて生き延びているんだ。
その男の子だけじゃない。
皆そうだ。例外なくこの世界に生を受けたものは皆、心を持ってる。生きている。
それに気が付けたら、素敵に笑える日が来るかもしれない。
何かいいことがあるかもしれない。
保証はしないけどね。嘘はつきたくないんだ。
狡いかな?
ごめん。
人を騙すってのは心が痛く苦しいね。
そんなことが出来てしまえる人ってのは凄いね。凄く醜い。
もう汚れようがないから、落ちようがないから、そんなことが出来るのかな?
心汚れは落ちにくい、さながら泥のようにへばりつく。
綺麗事かな?
汚らしいよりはいいんじゃないかな?
さて、まとめようか。
僕が何が言いたいのか。
声を大に心を台にして言おう。

僕らの心は死んじゃいない

ここまで読んでくれた方には感謝を申し上げます。
でもこんなもの、明日になれば忘れてしまいます。
一時の心に身を委ねたに過ぎない。揺蕩いの結果です。
明日になれば。僕はもう。覚えていない。
でも一つだけ忘れません。
ここまで読んでくれた、あなたへの感謝は、一生背負って生きていきます。

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