見出し画像

ドブヶ丘の女神VS発狂頭巾

遠い夏、二人は偶然出会っていた。

ドブヶ丘&発狂頭巾基礎知識

空想汚染都市「ドブヶ丘」とはTwitter胡乱クラスタの間で一時期流行ったどこかにある謎の汚染とダメ人間と謎の溢れる都市の事です。

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

あの日と同じ夏の日

東京郊外。

熱い日差しが照り返す夏の午後。東京オリンピックの建設ラッシュで湧くとある工事現場には、胡乱な中年男性たちがいた。彼らはドブヶ丘の日雇い労働者である。ドブヶ丘は少し時空がずれた場所にいるので、ドブヶ丘の住民たちは住民としてみなされていない。そのため、こういったハードで労働基準法が順守されていない現場では重宝されていたのである。なにせ労災を起こしても、なぜか労災にならないのだ。重宝されないわけがない。

その中に一人、女性がいた。作業着を着ているが、男達と同じように力仕事に精を出している。すっかり傷んだ長い髪を、ちょっと太い輪ゴムで強引に止めており、日焼けしたうなじからは滝のように汗が流れている。

ふと、水分補給のために支給されたペットボトルを口にする。どこかの名水と書いてある。大手メーカーのものではない、どうやらどこかのディスカウントショップでまとめ買いされた水のようだ。こんな水でもドブヶ丘の住民にとってはなかなか口にできない贅沢品なのだ。清涼な液体が彼女、通称『ドブヶ丘の女神』の喉を通過する。酒と煙草と環境汚染にやられた五臓六腑、そして神核に染み渡る。

美味い。

ふと空を見上げると、夏の空が広がっている。ああ、そういえば、『あの空っ風のような男』と出会ったのもこのような夏であったか…と、この神格存在はふと脳裏に思い出をよみがえらせる。

発狂頭巾と夏の空

時は江戸時代、武蔵国。8月のうだるような暑さの夏の日。二人の男が脇街道を歩いていた。

「吉貝(きちがい)の旦那ー、待って下せえ!」

「おいおい、ハチ。これしきの距離を歩いただけでへばるとは、鍛え方が足りぬのではないか?」

鮮烈桃色(ビビッドピンク)唐草模様の小袖袴姿を着た侍の男は吉貝某、その正体は江戸を騒がす正義の発狂頭巾その人である。そして後ろからついてくる町人風の旅装束を着た男こそ、彼の相棒であるハチである事はもはや言うまでもない。

「いやいや、旦那の体力がおかしいだけですよ」

「そう弱音を吐くな。『あやつ』が江ノ島に現れたという噂が流れてきたのだ。凶行を止めるためにも、一刻も早くいかねばならぬ。差し当たっては、日が暮れるまでには鎌倉に入りたいものだ」

いつも太平楽な吉貝にしては珍しく、真剣なまなざしでハチに訴える。その瞳は正義に燃え、ヴィランを追う発狂者そのものであった。しかし、ハチはため息をつき、諦めがちに吉貝へ言葉を返すだけであった。

「いや、旦那。その気持ちはあっしもよーーーく、わかるんですがね……ここ、どこですかね?」

「わからん」

「いや、わからんって……『鎌倉に行くなら俺が裏道を知っている。街道を進むよりも早く行ける』といったのは旦那じゃないですか?」

「そうはいってもだな……どこなのだここは……江戸からすぐの場所だというのに、鬱蒼とした森と細い道ばかりで、どこまで行っても俺の知っている場所に出ぬではないか?」

「それは道に迷ってるんですよ!とりあえず何か目印になるものは……あ、旦那。そこの辻に、小さな社と碑がありやすね。ちょっと現在地を見ればわかるんじゃないですかね?……えー、何々……『水溢首縊谷』……うわ、何か不吉な名前でやんすね!!!」

やいのやいのと大騒ぎをしながらも地図を開き、現在地を確認した二人は、顔を見合わせ、うなづいた。

「やはり道を間違えた」「やっぱり道を間違えてるじゃないですか!」

ぺたりと、二人とも木陰に座り込んでしまった。疲れが溜まったのであろう。セミの声が鳴り響く周囲は、草いきれでうだるような暑さが包んでいた。

「ハチ、喉が渇いたが、水を持っておらんか?」

「え、旦那。あっしの水ならさっき差し上げたでしょ?」

「そうであったか……むう、この社の裏あたりに井戸でもない物だろうか」

吉貝はふらふらと、酔ってもおらぬのにおぼつかない千鳥足で、社の裏に回る。そこには、いくつかの水甕と白い人影が立っていた。女であった。

発狂者と女神

「むう、何奴?」

吉貝は刀に手をかけた。その速度、隙の無さ、躊躇いの無さは歴戦の武芸者と無差別殺人犯を足して二で割らないほどのものだ。慌てて、ハチが止めに入った。吉貝がいさかいを起こした時に、とりあえず割って入るのがハチという男なのだ。ハチがいるからこそ、吉貝は刑場の露にならずに済んでいるといえよう。

「すいませんすいません。旦那はちょっと頭の方がアレでして……ああ、実はあっしらは道に迷ってまして……お嬢さん。水売りですかい?よろしければ少し分けていただけやせんかね?いやいや、もちろんお代はお支払いいたしますよ」

「ハチ、何を言う。こやつは狐狸の類ぞ。油断してはならぬ」

「旦那は黙ってて!」

ハチの弁明に、女はゆるりと手元の壺を差し出す。その長い髪と質素で控えめながらも艶やかな姿は、鄙に似つかわしいものでは無く、まるで天女のような姿であった。

「いえいえ、構いません。それにそちらのお侍様のおっしゃることもあながち間違っておりません。私は天神地祇というのもおこがましい事ですが、この不毛の地に古くからおります神の名もなき眷属でございます」

「へえ、本当でやんすか?!」

「信じる信じないはどちらでも結構でございます。お代は結構です。この地の水は、地下水に毒が入っており、人の精神を蕩けさせると言われております。よろしければ、この壺の中のお水をどうぞお飲みになってください。少し離れた沢から、今朝汲んできたものでございます」

ハチはごくりと喉をならし、吉貝は顔だけは女の方を向けつつ黒目は明後日の方向を睨んでいた。

「へえ、そいつは親切な神様な事で」

「ええ、そこらの井戸やため池の水を飲んでは狂ってしまいますゆえ……」

その瞬間、吉貝の眼だけがくるりと動いた。

なにぃ?

一瞬の刹那の抜刀、そして偃月のように刀を振るう電光石火の無駄な動きを挟み、大上段から一刀の元に女を両断する。その切っ先に迷いはなく、その刃の走りは正に雲耀といえる見事なものであった。これぞ無意識と狂気から放つ発狂一刀流奥義・狂の極意、狂月殺法である。(発生2F)

狂うておるのは……」(ここでカメラがどアップに)「貴様ではないか!?

(カァア~ッ!)【ヴィブラスラップ】

ガチャンと、水瓶が地に落ち砕け散り、ハチは血相を変えた。

「だ、旦那!何をやってるんですか?!」

「ハチ、よく見よ」

そういわれ、はっと顔を上げたハチの目の前には、斬られた筈の女がまだ立っていた。ゆるりと、女の服が、そして皮が、ばさりと地面に落ちた。

それは全身タイツにちくわの柄が描かれ、のっぺらぼうの顔には一本の竹輪が描かれた怪人であった。

ちくわ大狂人

怪人はそうつぶやくと、全くの予備動作も無く、音もなく滑るように移動し、疾風のように消えていった。その姿はただただ不気味であり、見る者の精神すら抉る冒涜的な姿であった。(正気度チェック:1/1d6+1)

「ひっ……誰だ、今のやばい狂人!!」

蒼い顔をしたハチがしりもちをついた。

「やはりちくわ大狂人の幻術であったな。あやつめ、既に鎌倉から江戸に戻っておったか……」

「だ、旦那は見破っておられたので……?」

「目ではなく心で見るのだ。まあ十中二三ぐらいで確信とまではいかなかったがな」

爽やかな笑顔で吉貝は答え、腰を抜かしたハチに手を貸してやった。

「いや、確信からだいぶ遠いですよ旦那……適当どころじゃないですよ」

「そういうな、あの差し出された水を飲んでおれば、今頃は七色に輝く金星人に連れられ、天竺の彼方にある不可思議山の不思議神殿に拉致されておったところだぞ。ほれ、立てるか?」

「あたた、何ですかそれ……ま、ともかく、ありがとうございやす……」

「それとハチ、そこにある残りの壺を開けてみよ」

「壺……ですかい?うわ……!」

壺を開けると、中から煙がモワモワと出てきて、先ほどの女人がゲホゲホとせき込みながら、いつの間にか目の前に立っていた。

「ひぇっ」

「失礼のないようにせよ、ハチ。この御方こそ水溢首縊谷の地を護る本物の守り神様であるぞ。どうやらちくわ大狂人の奴めに、壺の中に封印されておったようだ。あやつめ、罰当たりな奴よ」

「げほっ……た、助かりました……あの男、私を無理やり壺に閉じ込めて……何とお礼を申していいか……」

女人は、ただただ丁重に吉貝に礼を言う。だが吉貝は爽やかに言い放つのみであった。

「礼などいらぬ。どうか外道の冒涜行為を許されよ、同じ狂人としてひとえに謝罪いたす」

静かに、吉貝は女に手を合わせた。発狂頭巾、吉貝某という男は狂人であった。狂人ではあったが、礼儀も弁え(るときもあ)れば正義の心もあり、信仰の心もあった。癲にして狂だが卑ではないのだ。

「さて、ハチよ。こうしてはおれぬ。あ奴がお江戸に戻ったとあらばまた悪事を働くに決まっておる。その前に、『また』あのふざけたそっ首を切り落としてやらねばならぬ。急ぎ帰るぞ」

「ま、待ってくださいよ吉貝の旦那~」

吉貝が踵を返し、ハチは後を追いかけた。後に残された女は、呆然としつつ、ふと我に返り、吉貝に一言声をかけた。

「あの……せめてお名前を……」

吉貝は僅かに足をとめ、首だけ振り返り、黒目は明後日の方向、水色の夏の空を向けながらさらりと答えた。

「名乗るほどのものではないが、吉貝と申す。人呼んで…発狂頭巾。ただの狂人でござる」

遠い思い出の空

あの日の空と同じ、現代の東京の空の下。工事現場。

水を飲みほした女神はふと『あの男』の事を思い出す。あれ以来、再開したことはないが、夏の空のような、なんと爽やかな男であったか。叶うのであれば、あの男と今度は酒を酌み交わしてみたい。

(注…女神はアルコールでだいぶ思考をやられています)

あの日の空と同じような夏の空を眺めながら、女神はふと古い記憶をしまい込み、酒代を稼ぐために仕事へと戻っていった。