鳥人間コンテスト(1)

 背中の翼がわずらわしかった。
 狩石まる子は電車のドア付近の壁を背にしている。
 ゆったりした白いブラウスに黒のボトムス。
 背中には縦長のリュックサックのようなものを背負ってる。
 正しくはリュックサックではなく、翼を収めるための袋だ。
 両翼は広げると3mほどに広がるが、畳めば縦80cmほどになる。

 30代も半ばになり肩や背中が凝ってきた。コリがひどくなると、整体やタイ古式ストレッチに通っていた。しかし、その時のコリはいくらマッサージの類をしても治らなかった。鍼灸院にも数回通ったが、蛇みたいな顔をした院長が「面白いでしょ?」みたいな顔で下ネタを言ってきてすごい気持ち悪くなったので行くのをやめた。
 あの朝は、いよいよ背中がコリが明らかな痛みに変わり、ベッドから起き上がれなかった。呼吸すると背中にひびく。
 息も絶え絶えで上司には休む旨を、同僚にはフォローして欲しい旨をLINEで送った。
(今日は絶対病院行った方がいい……。っていうか起き上がれないから救急車呼んじゃうしかない……? でも背中痛いだけで呼んでいいの? 最近問題になってたよね。でもヤバいな。孤独死? トイレ行きたくなったらまずい。お母さん。)
 意識が遠のき、気絶した。 

 24平米のワンルームの空気が止まっているようだった。
 まる子は目を醒ますと体が軽くなっていることに気づいた。
 あの激痛は悪夢だったのかもしれない。
 暗くなっている。何時間眠ってしまったのだろう。
 横になったまま、スマートフォンを手探りする。あった。もう23時だ。何件かの通知。まあいいや。喉が渇いてる。水、みず。
 部屋の灯りをつけ、冷蔵を開く。飲み物はビールと白ワインしかない。顔をしかめる余裕もなく、水道水をコップに注いでがぶ飲みした。
 まだ少しボーッとしてるけど、完璧に生き返った。痛みがない体って本当に有難いもの。この気持ち忘れちゃいけないよね。ま、忘れんだけどね。
 洗面所で顔を洗う。寝じわが頰についてる。ダサい。ふと鏡越しの背中に何か見えた。白い。首をひねって確認するもよく見えない。半回転して鏡に背中を向ける。
 背中から翼が生えていた。



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