鳥人間コンテスト(4)

 昨日から何も食べていないが、空腹は感じない。

 谷口アベベは南陽化成の社員だ。大学駅伝でスターだった彼は南陽化成に入社し、次期オリンピックの日本代表候補の本命と見られていた。
 彼の背中に翼が生えたのは1年前だ。
 身長140cmと小柄な体に、広げると6.5mもの全翼を持つ。背中で折り畳んでも自分の身長を優に超える縦幅がある。日常生活にも様々な支障が出るサイズだった。
 その重りと空気抵抗では、陸上競技を続けるのは無理だった。

 翼を持ち始めた人々は飛び立つことができない。
 翼の面積、筋肉量の不足、揚力等を発生させる羽の構造が不完全な場合も多い。それらから、人間の体重を空に浮かべるのは不可能なことだと考えられていた。

 マラソン選手としての未来を断たれた谷口アベベは大いに悲観した。
 しかしチームメイト、大学のOB、後輩、ファンからの無邪気な「頑張れ!」という応援で頑張ることにした。不屈の男である。ちなみに、アベベという名前は、同じくマラソンエリートである両親が「アベベのようにマラソンが強い人間であってほしい」という願いから付けられた。

 それからというもの、谷口アベベは羽ばたきの反復練習を始めた。筋肉量が増え、体が浮くようになると重りをつけて練習を続けた。滑空の練習は跳び箱とマットを使った。羽ばたく筋肉が増量し、滑空のコツを覚えると、湖などに出かけて飛ぶ練習を続けた。

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