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I can't get the language right

The 1975を好きになったきっかけが思い出せない。

思い出せることは、6年前から聴き始めたということだけ。
留学中に登録したApple Musicでたくさん音楽が聴けるようになって、幅が広がったんだと思う。(今ちょっと調べたんだけど、
わたしが留学した月に"I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It" 出してる、きっとApple Musicプッシュしてきてたんだな)

わたしが最初に聴いた曲は、おそらくThe Sound。
上記のアルバムの中では明るい曲で、ライブで聴いたら楽しいだろうな~くらいに思ってた。あと、この曲のBPMが徒歩のときに心地よくて、大学行くときに聴いていた。

一番印象が変わったのは、Chocolateだと思う。
これはめちゃめちゃ持論なのですが、洋楽ってちょっと悩まないと考えつかない比喩使ってる曲少なくない?(私が知らないだけ)
あと、結構ダイレクトな表現が多いから直接的で歌詞にはあまりフォーカスしないなと感じてた。(メッセージ性の強いヒップホップとかレゲエは別として)
元々日本のバンドが好きなわたしには、詩のような表現の多いTHE 1975がとても合っていたんだと思う。

時間とともにバンドについていろいろ知るようになって、
なんと彼らもマンチェスターのバンドであることが発覚。
洋楽では元々oasisが大好きだったわたし。
これは一度足を運ばないといけない、あわよくばライブとかやってる?と思ったけど、周りに好きな人がいないのと、海外のライブに一人で行く勇気はさすがになくて泣く泣く諦めた。

しかしその後、oasisの展覧会がマンチェスターで開催されることを知り、「夜出歩かなければいけるか」と決め込み、初めて単身イギリスへ。

当時オランダにいたので、学校終わりの金曜の夜の便で向かう。

金晩のマンチェスター。

ひとしきり人しかおらず、クラブに人が溢れてる。
タバコじゃない違和感のある匂いや、ガラの悪さ、まるでRobbersのような世界観を感じて、「本当に彼らはここで育ったんだ」と怖さよりも感動の方が大きくなった。

夜道を歩いていると、道の反対側を多分小学生くらいの男の子2人が自転車で走っていて、お酒で多少足がふらつくおじさん2人のすれすれを通った。
危ないと思ったおじさん、思わずその子たちにFワードを吐き捨てて、それにFワードで対抗する子どもたち。
本当に可笑しくて、笑ってしまった。
血の気が多そうだな、というのはoasisを見ててもわかってたことだけど、到着早々にこんな場面と遭遇して、彼らの生活に少し近付いた気がした。

次の日。
展覧会のチケットの時間まで、徒歩圏内の観光地を周り、近くのCDショップに入った。本当に何でもないCDショップだったけど、ここで買うTHE 1975のアルバムに意味があるような気がして、通常盤の"The 1975"を買った。

そのまま、何でもないCaffe Neroに入って街行く人たちの生活やバンドのことを考えながらコーヒーを飲み、このアルバムを産み出したバンドが育った場所にいることを味わった。
今となっては何してんだろうな~と思うけど、過去のわたしは「本物を知るための経験にお金を払うこと」をすごく大事にしていたと思う。
そしてそういう経験が、誰に見えなくても自分の価値になればいいと生意気に思ってたね。
でも、あなたのこの経験が一生忘れたくない感動に繋がりました。
とても感謝してるので、そのことについて話します。

2020年。コロナが流行り始め、大好きなライブが先の見えない延期や中止になることが多く、THE 1975が出る予定だったSUPER SONICも開催延期となった。
私の勧めでTHE 1975を聴くようになった大学時代の友人と行く約束をしていたので残念だった。

2021年。SUPER SONICのチケットを持っている人は同じ日に優先的に行くことができるようになるとのアナウンスがあり、チケットを払い戻していなかったわたしたちは、また彼らが出る日に行けるチャンスを得た。
が、開催中止。さらに、THE 1975側も「コロナなんでお休みします」みたいな状況となり、「彼らの作品も何も出ないのか…」と前年よりも残念さが増した。かなり落ち込んだ。それだけ彼らの来日も新譜も待ち望んでいたんだなと知る。めちゃ好きじゃんあんた。

そして、2022年。
少しずつライブが開催されるようになり、サマソニも開催を宣言したものの、夏の感染者はどんどんどんどん増えて、以前より身近な人がかかるのを目にして、本当に怖かった。
自分がかかるリスク、自分はかからなくても出演者がかかるリスク、もしかしたら観られないかもしれない、どうしよう、色んな不安が押し寄せたけど、無事に迎えた、8月21日。

少し前まで、点滴をしないと回復しないくらいの熱中症と闘っていたわたしは、大阪の夏を乗り越えられるかすごく不安だったけど、先の友人がいてくれた心強さもあり、何とか耐えられた。

グッズ争奪戦はボロ負けし、THE LINDA LINDASからKing Gnuまで、全部全力で楽しめた。
「ああ、こうやって自分のペースで楽しめるのがフェスだったよな」という感覚を思い出して、時折グッと胸が熱くなった。

前日は夜が近付くにつれて雨が降ったらしい。
この日も朝は小雨が降っていて、昼間も雲があったけど、晴れ間が続いた。

King Gnuのとき、ラジオパーソナリティーの方が「ステージからは会場も、その先にある海までもパーっと見渡せるんです。あとは、太陽にかかっている雲がなくなるといいんですけどね~」みたいなことを言っていた。

その後King Gnuのステージが始まるや否や、どんどんきれいな夕陽が出てきて、井口さんの歌声と相まって泣きそうになった。

そして、いよいよTHE 1975の時間。
観る前に、友人の提案で胃に流し込んだ唐揚げとビールがとてもいい感じの酔いをわたしの中に作り出してくれてる。友人、まじペースメーカー。まじありがたい。ビッグラブ。


1曲目の音が聴こえた瞬間、ため息と「あーーーーーーー」という声と涙が一斉に出た。
CDじゃない、イヤホンじゃない、わたしの指が再生した音じゃない、彼らが彼ら自身で紡いだ一音。
この瞬間をどれだけ待っていたことか。この瞬間がわたしの人生の一部になるのか。あの曲もこの曲もどの曲も、音源ではなく、彼らの音で塗り替えられていく。嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらなかった。目の前にいる。人生で一番彼らに近付けている。最高だ。
終始そんな風に思いながら踊った。
Tonightの時、ふと頭の中にマンチェスターの街並みが浮かんだ。カフェの軒先も、ラックからCDを手にした時の感動も。音と一緒に消化されて、またわたしの人生の一部にアップデートされていく。あの日、マンチェスターに降り立った夜があるから、今があるのだと、馬鹿みたいだけど本気でそんなことを思ったりした。

90分。あっという間だったなと思ったけど、プレイリスト作ってたら曲数に圧倒された。
帰りの電車で繰り返し聴いて、いてもたってもいられなくなって新幹線でビール飲んでしまいました。

待った甲斐があった。
2回も中止になったのに愛想尽かさずに日本に来てくれたこと、しかもコロナ開けの活動開始の場所にサマソニを選んでくれたこと、嬉しさ極まりないな。これからも日本にたくさん来てほしい、ひとまず4月からのツアー、行けると信じてる!
聴きたい曲がまだまだあるから、まだまだ生きていけるな

The first time I went to your concert / Was the best thing that ever happened / And I wish I could do it again / You guys are the best thing that ever happened to me ♥️


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