他人の不幸が気になる

【質問】- - - - - - -
最近物事を素直に楽しめなくなりました。

私が嬉しい時、悲しんでいる人の事が頭を過ります。
例えば誕生日にご馳走を食べていても、同時に餓死寸前の子が居るんだろうなと。
資格試験に受かった時も、落ちた人のことを考えて落ち込んでしまいました。

だからと言って他人は他人と割り切ってしまうことが、人間として正しいとはどうしても思えません。

せめて寄付をと思いましたが、たかだか数千円を出して自分に浸り、付き合いで食事に行くような生活にも疑問を持ち始めました。
かと言って全財産を寄付して死ぬるような覚悟は私には無いのです。
本当に情けないことに。
どなたか似たような思考に陥ってしまった方、自分なりの解決を見た方の考えをお聞かせ頂ければと思います。




【回答】- - - - - - -
自分以外のことに想いを寄せるということは素晴らしいですね。
感服いたします。

昔から「自分を助けることができない人間は他人も助けられない」という言葉があります。

他人を想い 他人のために尽くそうとしても、自分が疎かになり潰れてしまっては 結局 他人のためにならない、ということです。

まず土台として"自分のこと"にお金を使い必要な生活を維持するということは大事なことです。
他者への貢献は"できる範囲"でいいいのです。 それを続けることは充分価値がありますし 徳にも繋がります。

良い行いをされたのであればそれが1円だったとしても誇りに思うべきものだと思います。

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