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「良い〇〇」を「ずらす」のがトップマーケターだという話


本noteでは、市場のシェアが逆転するような地殻変動を起こすマーケターが、その地殻変動の際に必ずと言っていいほどやっていることを考察したいと思います。

マーケティングやブランディングの細かい定義やアクションは過去の二つの「教科書シリーズ」のnoteに譲るとして、「結局、大きく戦局が変わっている時ってどんなことが市場で起きているの?」という部分を書いてみたいと思います。

主な題材としては分かりやすいのでB2Cの商材をを取り上げますが、B2Bにも当てはまる話になります。いや、むしろB2Bの方が直接的なアクションを取りやすいかもしれません。

特に業界のリーダーポジションではなく、2番手以下の「弱者」であるブランドを担当している皆様に読んで頂けると、今後のマーケティング活動を考える際にいい影響があるのではないかと思います。

シェアの大逆転や業績のV字回復は、現代における英雄譚そのものです。まるで三国志やキングダム、わが国であれば戦国武将の物語を読むかのように胸が熱くなります。その「現代の英雄たち」がどのようにしてそれを演出してきたかを、感じられると嬉しいなと思っています。

それでは始めましょう!

1. 良い〇〇とはなにか

マーケターが血眼になって考えている「良い○○」。この、○○に当てはまるものは何でしょうか?

早速答えに入りましょう。ズバリ、〇〇には「業界」が入ります。もしくは、「市場」と答えても良いかもしれません。例えば、「スーツ」だったり、「眼鏡」だったり。もしくは、Job的に市場を切り取るならば、「夏を快適に過ごす方法」だったり、「日頃のストレス発散」だったりしてもいいかもしれません。

多くの市場において、市場のリーダーブランドが「良い〇〇」を司る要素を決定しています。「良い牛丼」が「うまくて、安くて、はやく出てくる」牛丼であるということは、吉野家が決めたのです。なので、牛丼業界においては、基本的に如何にして「うまくて、やすくて、はやいか」を競う戦いが発生しています。

もちろんこの戦いに勝つ、というのも戦略足り得るでしょう。ただし、それが出来るのであればです。僕は牛丼のシェアに詳しくはありませんが、実際に「松屋」や「すき屋」など後発のブランドは、かなり良い試合をしているように思います。

とはいえ、「うまい、やすい、はやい」という牛丼こそが良い牛丼である!という「良い○○」の基準=CEP (Category Entry Point カテゴリーエントリーポイント)を作ることに成功した吉野家の占有しているワードの力は強く、そう簡単に動かせるものではありません。「うまい、やすい、はやい」といえば吉野家!とほとんどの日本人が即答するでしょう。

結果として、「牛丼と言えば吉野家」という状態は、如何に競合が増えても変わっていないように感じられます。

2. 「良い〇〇」をずらし、「〇〇といえばこのブランド!」と思わせる

さて、肝心のシェアや市場原理が大きく変わる瞬間の話です。それは、この「良い○○」の基準であるCEPの序列が変わり、後発のブランドがその新しいCEPを占有することに成功する際に起きます。

P&Gの先輩であり、刀の代表を務められる森岡さんの言葉を借りれば、消費者は何かを購入する際に、心の中にあるサイコロを振っています。そして、自社ブランドがこの6面体に占めている面数に応じた確率で購入の意思決定がなされ、シェアという形で市場に反映されるのです。

この「サイコロに乗っているブランドたち」のことをEvoked Setと呼んだりもしますが、基本的には「良い〇〇」のトップCEPを自らで作り上げたブランドがEvoked Set内で強力な立ち位置を作り上げていることが殆どです。つまり、「良い〇〇」の基準となるCEPを作りあげるということは、自分たちに有利なサイコロを作る権利を得ることと同意義な訳です。

ならば、二番手以下の弱者は、狙って「良い〇〇」のCEPの序列を変える努力をしなければなりません。例えば値引き競争に参加したり、既存の機能のアップグレードを測ることは、「良い○○」を支配するCEPの順序は変わっていないのに、その中で競争しているようなものです。

「良い台所洗剤」を司る最上位のCEPが「肌に優しい」だったならば、「油汚れに強い」を持ち込まなければなりません。「油汚れに強い」がもはやスタンダードになってしまったならば、すかさず「除菌もできる」というCEPを確立するのです。このように、常にカテゴリーを司るCEPを作っていき、「油汚れと言えばジョイ」「除菌と言えばジョイ」という状態を作っていくことに成功したのです。

「良いお茶」は「急須で入れたようににごっているお茶だ」というCEPを築き、おーいお茶や伊右衛門などの猛者どもがいるマーケットで「にごったお茶といえば綾鷹」という確かなポジションを確立しました。

「夏の食べ物」といえば「精が付くつくもの」というCEPを築き、土用の丑の日というプロモーションと一緒に「夏といえば鰻」というポジションを確立した鰻(とそれをマーケティングした平賀源内)。

「大きくて馬力が強い」がトップのCEPだったアメリカの車業界に、「小さくて燃費が良い」というCEPを持ち込んで日本車は市場を独占しました。

みたように、この「良い○○」を司るCEPの取り合いは、あらゆる時代、あらゆるところで、あらゆるレベル感で、市場に変化があるときに起きているのです。

美しい女性を口説こうと思った時、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るかい?? そう思った時点で君の負けだ。 ライバルが何をしようと関係ない。 その女性が本当に何を望んでいるのかを、見極めることが重要なんだ。by スティーブジョブズ

3. 「良い〇〇」をずらそう!

このセクションでは、具体的に「良い〇〇」を意図的にずらすためのアクションをまとめたいと思います。言うは易く行うは難し、の典型例のようなお題ではありますが、そもそも課題に気づいていなければアクションのしようがないでしょう。

まず第一ステップは、業界においてマーケットリーダーが定めている「良い〇〇」を定めているCEPを理解することです。一つではないかもしれませんし、特定のマーケットリーダーが存在しない業界もあるかもしれません。それでも、市場を分解したときにどのようなCEPが存在しており、どこの陣地はどのブランドによって取られているのかを探ることは可能なはずです。

マーケティングとはある意味、CEPをめぐる顧客の知覚を取り合う陣取り合戦みたいなものだと、つくづく感じさせられます。

次に、自社ブランドの便益で、奪える、もしくは新たに作り出せるようなCEPを検討します。例えば飲食店だったとしたら、「美味しい」「メニューがたくさんある」のような当たり前のところから、「会食が成功しやすい」「プレゼンをしながらご飯が食べられる」といったより特定のターゲットに固有なCEPを独占することで、その領域におけるリーダーになれるでしょう。

当然、そのCEPは消費者によって求められているものでなければなりません。業界の購入意思決定と全く関係ないCEPを独占しても、百害あって一利なし、なのです。

最後に、実際の製品のパフォーマンスをこのCEPに合っているものにしたうえで、広告・口コミ・パッケージ・コピーライティング等考えられる顧客接点を一貫したものにクオリティコントロールすることで、CEPの独占を促進します。顧客パフォーマンスを感じられなければ、せっかく作った「良い〇〇」のCEPも、失われることとなってしまうでしょう。

4. さいごに

さいごに、今回なぜこのnoteを書こうと思ったかを書きます。

きっかけは、JR東海の「ずらし旅」なるサービスが好調だ、という記事を読んだことです。日経新聞の記事をそのまま引用すると、そのヒットの秘密は以下のようになるそうです。

2020年7月にJR東海が打ち出した観光キャンペーン「ひさびさ旅は、新幹線!~旅は、ずらすと、面白い~」。人混みを避けながら楽しむ新しい旅のスタイルを「ずらし旅」としてポジティブに発信。ウィズコロナ時代の旅行のあり方をユニークに提案し、共感するファンを獲得。ブランド力向上に結び付けた。

ネーミングはまんまですが、「良い旅行」を司るCEPを、「誰もが行くような観光資源をみること」から「私だけの体験を楽しむこと」「混んでないこと」といった新たなCEPにずらせたことが、好調の要因でしょう。

このケースはコロナ渦という外的要因にドライブされた感は否めません。ですが一方で、外的要因の大きな変化は、既存の「良い〇〇」を切り崩す大きなチャンスになります。

2021年も非常にタフなスタートとなっていますが、いまこそ「良い〇〇」をずらす、というものすごくセクシーなマーケティング課題にチャレンジしてみてもいいのではないでしょうか。そのような歴史的な瞬間になるだけ立ち会いたいものだなと、しみじみと思ったのでした。

参考文献

恩蔵先生の論文

鰻と平賀源内





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