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【読書ノート】斎藤幸平『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)

 この本と出会ったきっかけは、今年の4月下旬に幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議2023」に参加したことにある。
 そのイベントには、KADOKAWAによる“未来の書店”「超ダ・ヴィンチストア2023」も含まれていた。

 “未来の書店”の企画の一つが「アバター書店員」だった。このアバターの「中の人」は、本物の書店員や本に詳しいコンシェルジュの方である。
 アバター書店員は、客と会話をしながら相手に合った本を探してくれるということで、私も試してみたのだ。

 アバター書店員からの質問に対して、
「本を読むのは好き」
「最近は仕事の関係で教育関連の本を読むことが多い」
「この4月から職場が変わって、通勤時間が長くなった」
「通勤の電車の中で読めるような、面白い本を探している」
 などと答えていった結果、お薦めをしてくれたのがこの本だった。

 お薦めの理由は、
〇著者の斎藤幸平氏は東大の准教授だが、これはいわゆる学術書ではなく、実体験に基づいたノンフィクションである。
〇一つ一つの章が短く、それぞれで完結しているので、通勤の途中などでも読みやすい。
〇けっして堅い本ではないが、教育書を読んでいる人にも向いている内容だと思う。
 ということだそうだ。

 ・・・著者の斎藤幸平氏は、現在36歳のマルクス思想学者である。3年前に出版した『人新世の「資本論」』は、現代の環境危機の解決策をマルクスの新解釈の中に見出すという内容で、50万部を超えるベストセラーとなった。こうした硬派の本としては異例中の異例である。

 気候変動などが地球規模の問題になるなか、斎藤氏は「このまま資本主義のシステムが続くと、人類は豊かになるどころか貧しくなる」と主張し、今こそ必要なのは成長ではなく「脱成長」だと説いている。

 そして、「コモン」という誰もがアクセスできる共有財によって、より良い社会を目指せるのではないかと考え、その啓発をしているのだ。

 その斎藤氏が実体験に基づいて書いたノンフィクションならば、面白くないはずがない。すぐに買い求めて読み始めた。


 けれども、正直に言って読後の印象はモヤモヤとしたものだった。少なくとも「面白くないはずがない」という期待は裏切られたのだ。

 理由ははっきりしている。
 私は「実体験に基づいたノンフィクション」という言葉から、著者が様々な場所に赴き、人と会い、体験をすることをとおして、葛藤したり新たな着想を得たりする姿をこの本に求めていたのである。

 もちろん、本のタイトルに示されているように、斎藤氏はウーバーイーツの配達員になり、ジビエ業を体験するためにシカと闘い、今も苦しみが続く水俣病の現場を訪れる。他にも、男性メイクや昆虫食を体験したり、原発事故の被災地を訪問したりと、この本に収められた23本のノンフィクションのなかで斎藤氏は数々の体験をし、多くの人々と対話をしている。

 だが、そこに葛藤や新たな着想は見当たらない。その代わりにあるのは、「脱成長」というフィルターを通して語られる持論の確認や補強だ。

 たとえば、「電力を考える 1人の力が大きな波に」という章のなかには、太陽光パネルの設置に取り組む市民が登場し、斎藤氏はその行動を称賛している。しかし、太陽光パネルには発電効率の悪さという弱点があったり、古くなったパネルが大量の産業廃棄物に化したりするなど、負の側面があることは周知の事実である。だが、そこに触れられることはない。

 そして、こうした持論の確認や補強は、他の章にも共通することなのである。


 ・・・しかし、読み終わってから半年以上が経った今、私はこの本について【読書ノート】を書いている。その理由は、昨日(2023年11月19日)に見たテレビ番組『情熱大陸』で、斎藤氏が取り上げられていたことにある。

 この番組の中でも、話題の中心は斎藤氏が掲げる「脱成長」のことだ。それが欧米では大きな反響や共感を呼んでいることも紹介されていた。

 その一方で、日本国内での評判はかならずしも芳しくない。むしろ、
「『脱成長』は現実的ではない。今の体制のなかで解決を目指していくべきだ」
「旧ソ連を見れば、資本主義よりもマルクス主義にこそ問題があることは明らかだ」
「斎藤氏だって資本主義の恩恵を受け、スマホや電化製品を使っているではないか」
 といった批判を目にすることのほうが多いようにも思われる。著書が50万部超のベストセラーになったとは言っても、それは日本の人口に比べれば1%にも満たないのだ。

 番組の中では、斎藤氏の両親がそうしたアンチのことを心配する場面もある。そして、両親の言葉を神妙に聞いている斎藤氏の表情をカメラがとらえている。

 あるいは、日本国内での移動の際には環境への影響が大きい飛行機を使わないものの、海外では「使っている」と自嘲気味に話す姿もある。

 また、番組の終盤では、日本の街頭で斎藤氏が演説をしているにもかかわらず、足を止めてそれを聞こうとする者が見られない様子も流れる。欧米とは対照的な反応に、斎藤氏の表情からは苛立ちも読み取れる。

 テレビの画面をとおして、齋藤氏が理想と現実の間で葛藤している様子が伝わってきたのだ。そして、この『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』の行間にも、本当はそうした葛藤があるのだという前提で読めば、各章のエピソードから受ける印象もまた違ってくることだろう。番組を見ながら、そのように思えたのだった。


 ・・・今年4月に“未来の書店”でアバター書店員から質問をされた際、私は、
「本を読むのは好き」
「最近は仕事の関係で教育関連の本を読むことが多い」
 等々と答え、その結果としてこの本を薦められた。

 あのとき、
「理想と現実の間で葛藤する生身の人間の話が読みたい」
 と付け加えていれば、アバター書店員の回答は違ったものになっていただろう。

 しかしそれでは、この本と出会うこともなく、こうして考えを巡らす機会もなかったことになってしまうのだが。

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