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書けないから書きたいへ


 この秋のこと。

 娘が、学生向けのタウン誌に、記事を書くことになった。知り合いから頼まれたらしい。それをきいて、わたしまでワクワクした。1コラムまるまるだそうだ。いいなぁ。娘は、イラストが描けるし、デザインを考えるのも得意だ。肝心の文章は…できたら、読んであげたいところだな。

 そんなことはすっかり忘れたころ、娘から相談があると、電話が来た。きくと、依頼された、タウン誌の文章が書けない、とのこと。締切はもう過ぎているらしい。悩んで、もう出来ないから、お断りしようかなと言う。

 そのとき、わたしの中で、何かが切れた。

 「それは、ダメでしょ!」

 気づいたら、そう叫んでいた。断るのなら、もっと早くそうしなくちゃ。断るということは、その人の信頼を裏切るということ。そうして、もう次はないということ。その覚悟があるのなら、断りなさいと締めた。娘は、やっぱり書くことにすると、小さな声でそう言った。

 それなら、力になれるよ。まず、書く内容を詰めていこう。

 内容をどうするか、質問形式で引き出しつつ、それについて思うことをアドバイスしていった。結果、学生向けということで、娘が夏にいった短期海外留学の話がいいのでは、となった。そうして、娘がわたしに語ってくれた、オーストラリアと日本の文化の違いを肌で感じた話がいいのでは、となった。

 「今から2時間、とにかく書きなさい。できたら、読んであげるから、送ってきて。あなたなら、書けると思うよ。がんばれ!」

 その時、すでに時刻は0時をまわっていた。娘は、約束通り、2時間後に第一稿を送ってきた。生き生きと、またわかりやすく、順序立てて、書いてある。娘らしい文章だ。直しは、ほとんど要らなかった。赤字で、アドバイスだけ書く。スイッチが入った娘、さすがだ。

 原稿を送り返したら、しばらくして、娘から電話がかかってきた。

 「母ぁ〜!付き合ってくれて、ありがとう!出来そう。」

 「うん。本当に、よくがんばった。先方に、遅れたこと、しっかり謝って、朝には原稿を送るんだよ!」

 「うん。もう少し、がんばる!母、ほんとにありがとう!おやすみなさい。」

 そう言って、娘は電話を切った。今から、寝ずに続きをやるのだろうな。夜に強い娘、ちゃんとやり切るだろう。やれやれ…そう思って、わたしは眠りについた。

 翌朝、起きたら、娘からのLINEが来ていた。「原稿、無事に送れました。ありがとう。」
 やれば、できるじゃん。

 娘のこと、今回は親としてサポートできたが、本当は人のことは言えない。わたしにも書けずに、周りに迷惑をかけた経験があるのだ。

 あれは、わたしが大学の最後の年。とあるボランティア団体に入っていたわたしは、原稿が全く書けなくて、頭を抱えていた。会報に、皆既日食に行った体験を書いて欲しいと依頼を受け、断りきれなかった。けれど、文章を書いた経験が少なく、どう書けばいいのか迷って、過去の先輩方の文章を読んだら…すっかり自信がなくなり、ますます追い詰められてしまった。

 当時の編集長は、それでも辛抱強く、わたしを励ましてくれ、アドバイスをくれた。ものすごく申し訳なく思いながらも、やっぱり書けない…編集長に、こんなふうでしたよと、口で話すことはできても、書けないのだ。

 わたしの担当は、なんと1ページ目で、会報の顔になるはずだった。締切が迫り、編集長は困って、別の方に文章をお願いすることにされた。けれど、わたしの文章も、小さなコラムに載せるから、予定通り書いてねと言われる。これで、お役御免だと、ホッとしたのに、やはり書かねばならぬのか、と正直思った。

 けれど、重役から逃れたわたしは、ようやくようやく、書き出すことができた。書き始めたら、どんどん言葉が溢れてきた。あの皆既日食のことを、はっきりと思い出し、その感動がまた蘇ってきた。書きたいと、初めて、思った。みんなに伝わるように、書きたい!

 そうして書いた文章を、編集長に読んでもらったら、一回でオーケーをもらえた。ほぼそのままを、会報の最後に、小さく載せてもらった。一緒に皆既日食旅行に行った先輩から、よく書けてるって褒めてもらい、胸をなでおろす。

 その後、何年かして、わたしも編集長を任される。そのとき、原稿が揃わないことが、いかに大変か、身を持って知った。それらの経験が、今回娘のことで、生かされたみたい。ありがたいことだ。

 当時書いた文章は、もうどこにも残っていない。散々探したけれど、見つからなかった。それが、ちょっと悲しくて、noteを始めてから、思い出して、書き直したものはある。


 これを書けて、本当によかった。当時の編集長とは、もう縁が切れてしまったが、もしお会いできるのなら、もう一度きちんとお礼を言いたい。いや、何かの偶然で、この記事を読まれることがあるかもしれないから、ここにも書かせてもらおう。

 編集長、あの時は、本当にありがとうございました!


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