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ハオコゼとわたし


 2年間程、海水魚のハオコゼを飼っていたことがある。市の「海の教室」という講座で、息子がもらってきたのだった。

 ハオコゼの大きさは10センチほど、茶色ベースに白の斑点、腹はオレンジという綺麗ないでだちである。背びれに毒を持つために、危険で海水浴や釣りでは嫌われる魚らしい。

 海水魚を初めて飼育するわたし達、最初は何を食べるのかすらわからず、水替もおっかなびっくりだった。本で調べたり、インターネットで情報を集めたり。

 どうやら、干し海老が好物らしいと試してみるが、食いつかない。いろいろ試行錯誤を繰り返し、隠れ家に干し海老を入れて、お腹が減っている時は食べることが、ようやくわかった。夏場は1日に一回、冬場は1週間に一回程の餌やりに落ち着く。

 昼間、ハオコゼは砂に潜り込み、目だけを出して眠っている。夜になると活発に動き出す。怒ると背中の背びれが逆立ち、体の色がより赤くなる。危険な魚というよりは、臆病で神経質な印象を受ける。だから、毒で体を守っているのかもしれない。

 わたしはことあるごとに水槽を覗きこんでいた。うちの中に小さな海がある。小さな魚が眠っている。ただそれだけで、気持ちが安らぐ。不思議な懐かしさも感じる。わたしの中にも海の記憶があるのかもしれない。

 ハオコゼが来た2年目の初夏のこと。背びれがだらりと垂れ下がり、だるそうな様子になった。餌も食べない。もうだめだなと思った。様子を見るのは辛く、水槽を覗きこむたびに死んでしまっていたらと思った。それでも、ハオコゼは2週間以上生き続けた。

 横たわりエラを上下にかすかに動かして……

 今、ハオコゼは花に囲まれたお墓に眠っている。安らかに眠っていてほしい。あの魚がいなくなってからも、わたしは小さな海を想像する。砂で眠るハオコゼを。柔らかい気持ちになりながら……

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