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花火大会で迷子になった話

先日、高校時代の友人5,6人で花火大会に行ってきた。関西屈指の大きな花火大会だ。

河川敷に到着した頃に、レジャーシートを忘れたと1人が言い出した。シートの代わりの袋でもスーパーで調達してこようと、自分が名乗りを上げた。最大の善意のつもりだった。

人が大量に流れ込んでくる河川敷を逆行して20分程歩いてスーパーで袋を調達し、ついでにアイスや揚げ物なども買った。みんなを喜ばせたかった。

スーパーを出ると、外はもう暗かった。警察が規制線を張り、ものすごい人ごみで溢れかえっていた。バリケードが張られ、元来た道は封鎖されてしまった。急に不安になってきた。

迂回して、必死で人ごみをかき分けながら、なんとか河川敷の入り口にたどり着いた。もう1時間近く経っていた。しかし、河川敷の入り口が固くバリケードで覆われ、一切人が中に入れないことを知り、愕然とした。そう、締め出されてしまったのだ。もう仲間とは会えない。
たくさんの惣菜とアイスが入った袋を両手に抱えたまま、その場に立ちつくした。あまりにも人が集中し、河川敷周辺は一切携帯の電波も入らないので、連絡すら取れなかった。腕時計を見ると、花火が始まる時刻まであと10分だった。人々が足を止め出すと、もう動きようがなかった。

全てを諦めた気持ちで、近くの車のかげに腰を下ろした。花火など絶対に見えないであろう車のうしろに。最悪の気分だった。もはや花火のことなんてどうでもよかった。ただ、帰りたかった。

「…じゃ花火見えないっすよ」
一瞬自分のことだと思わなかったので気づかなかった。

「そこじゃ花火見えないっすよ」と近くにいた人が声をかけてきた。サングラスを後ろ向きにかけた、やんちゃそうなお兄さんだった。お兄さんを含め男女4人のグループだ。自分のいきさつを説明すると、彼らは「それはかわいそうやなあ。靴脱いで入っておいでや。5人で飲もう」とシートの中に入れてくれた。若い夫婦の2組だった。このやりとりを見ていた、前に座っている40代くらいのカップルも「お酒一緒に飲もう」と話しかけてきてくれ、キンキンに冷えたマンゴーサワーをくれた。お礼に買い過ぎてしまった揚げ物や半分は溶けてしまったアイスをみんなでシェアした。「これもなんかの縁やな」と言いながら、お兄さんは乾杯をしてくれた。そうこうしているうちに一発目の花火が轟音とともに、夜空に舞い上がった。

人々は同じ方向を向いて、そっと息を飲んだ。その人たちに囲まれながら、色とりどりの花火を車のかげから身をよじって眺めた。なんとも不思議な気持ちだった。ただ、さっきまでの焦燥感や不安感はいつの間にか、心強さに変わっていた。最悪の気分は、ほがらかな気持ちに変わっていた。

お兄さんは見かけによらず本当に優しい方で、お菓子をくれたり、前に座っている年上のカップルにも、余ったレジャーシートを貸してあげたりしていた。それを眺める奥さんがとてもいい目をしていた。優しいものを愛でるような目。こういったところを好きになったから、結婚したのだろうかと、勝手に想像したりもした。

僕はそこで、何か花火より大きなものを見た気がした。人はなぜ、二度と会うことのないであろう他人に、優しくできるのだろう。人間の普遍的な寛容さや優しさはどこからやって来るのだろうか。

一期一会、という四文字熟語があるが、まさにこのようなことを言うのだと思う。

生きていれば、少なからず辛いことはある。でも、ほんの少しの勇気を持って誰かの優しさに寄りかかることができたら、意外と大丈夫だ。そういう優しさが集まれば、大きな力になる。あの人たちに囲まれていた時、なんとも心強い気持ちがしたのとおなじように。人生の大概のことはきっと乗り越えられる。そんな勇気をもらえた気がした。

彼らにお礼を言って、花火が終わる前に足早に駅へ向かった。轟音に打ち鳴らされた夜空にほとばしる残光を横目に眺めながら、マンゴーサワーの甘酸っぱい感じが喉を潤していった。


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