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彼女の目

約束していた駅の改札で、快活で底抜けた明るさで笑っているその女性は、高校時代の同級生だ。

「Kくん、めっちゃ久しぶり〜、元気してた〜?」

彼女の屈託のない笑顔は、高校1年の時から全く変わっていない。
10年経っても変わらないその笑顔はどこか僕をほっこりさせてくれる。

小柄で、目鼻立ちがはっきりしていて、美しく整った顔立ちの彼女は、高校時代からクラスの男子の注目を集める、人気の女の子だった。

栗色と金色の中間くらいに染められた髪の毛を肩のあたりの長さまで伸ばし、黒を基調とした大人っぽい服装に身を包んだ彼女の美貌は、"美人女社長"として雑誌に出てきそうな雰囲気を醸し出していた。

そんな彼女とは3年ぶりの再会である。
3年前に彼女の言っていたことがよみがえる。

「Kくん、あたしな、将来弁護士なりたいねん。起業もして、いつか実業家になりたい。金めっちゃほしいやん?
めっちゃ内装こだわった家とかに住んでさ。
橋下徹とか憧れ。わかる?」

彼女は見た目からは想像しがたいほど、男勝りな性格で、何事にも好奇心旺盛な野心家だ。

「なんでもやってみいひんと、わからへんやん?」人生に対しても常にそんな態度だ。
女の子にしては少々言葉遣いが荒いところもまた彼女らしさである。

飾り気がなく、偏見のないまっすぐな心で人を見る、その態度が、見ていて本当に清々しい。

彼女が肉が大好物であることを知っていたので、予約していた牛タン屋に入った。

「わあ〜!肉最高!めっちゃ食べていい?肉めっちゃ好きやねん。さすがやな〜。」

こんな調子で興奮気味に言いながらメニューを見ていた彼女と目があったとき、はっとした。


以前よりもずっとずっと落ち着いた目をしていた。


大人の目をしていた。

そこからは急に彼女が大人びて見えてきてしまった。

笑った時の少女のような純真な表情は全く変わっていない。
しかし、その奥にある瞳は、澄んだ湖のような静謐な落ち着きと厳しさを放っていた。
3年前のそれとは確かに違う、何かがあるような気がした。

僕は一瞬とてもこわくなった。
自分が随分子供に思えてきてしまったからだ。

そして、その時の印象は決して僕の思い込みではなかった。

今年、本当に弁護士になるそうだ。

決して秀才と言えるようなタチではない彼女が、ロースクールでどれほど死に物狂いで勉強し、司法試験を終えるまでどれほどの忍耐力が必要だったのか、あの妙に大人びた目が全てを物語っていた。

無邪気さだけでは決して乗り越えることができない壁をいくつも突破してきたのだということが僕には容易にわかった。
そういうことを知っている人の目だった。

彼女は何度も諦めようと思ったという。
周りの友人たちが、結婚したり、
社会で働いたりしている姿を見て、
何度も何度も、心が折れかけたという。
睡眠不足で倒れて、入院したこともあるそうだ。
彼女と同時期に入学した学生は彼女以外全員辞めていったという。
それでも辞めなかったという彼女の忍耐力と精神力には畏怖する。

「よく折れなかったよね。尊敬する。」
と言うと、

「苦しかった、めちゃくちゃ。「いつまでも学生してていいな」とか、周りに言われてさ。でもこの苦しみなんて言ったって誰にもわからんやん。わかってほしいとも思わへんし。そんなん押し付けやん。自分が選んだんやし。だから、「学生ってええやろ〜」って流してた。ちょっとしんどかったけど。」

牛タンをつつきながら静かに笑って語る彼女の美しく澄んだ目には、ある種の厳しさが垣間見えた。

その後、僕たちは時間を忘れて何時間も喋った。

彼女は怪しい人物に数十万円を騙し取られたり(取り返せたようだが)、たこ焼き屋で働いたり、キャバクラで働いたり、海外に飛んだりと、とにかく興味があることをなんでもやってしまう。
人間のきれいな部分も、汚く醜い部分も全て、人間の本質をあらゆる角度から見てきた人だ。

法曹界や誰もが知っているような芸能人や経営者、議員にまで広く人脈を持っている彼女は、それでも、全く気取ったイヤな感じがしない。飾らず、まっすぐに人を見ようとする目を失っていない。

心から信頼できると感じさせる。
何を話していても本当に心地が良い。
ここまで臭みのない人間は珍しい。

あっけらかんとしていて、難しい言葉を使うのを嫌う彼女は、とても”弁護士”のイメージからはかけ離れているが、それがまた彼女らしい。

彼女と全くの本音で話せるほどの仲になったのにはきっかけがある。

それは僕がうつで苦しんでいた時のことだった。

猛烈な恐怖からあらゆる友人に深夜、電話をかけてしまうという、
どう考えても迷惑なことをしていた僕の話を何時間も延々と聞き、
何度も会って、話を聞いてくれた。

「本当に危なくなったら、いつでも言って。ほんまにいつでも家まで助けに行くから。」
すがすがしく彼女は言い放った。

彼女はそういう人だ。

そんなことを平気で言える人がこの世にどれくらいいるだろう。

彼女とは滅多に会うことはない。これからも頻繁に会うことはないと思う。
でも、その時のことは決して忘れていない。

本当に大切な素晴らしい友人である。
そんな彼女がやっと社会の日の目を見れる日が来たと思うと、
自分のことのようにとても嬉しい。

少女のような笑顔の奥にある、その静かに落ち着きのある大人びたまなざしは、これからますます大人になっていくだろう。

きっと彼女には多くの優秀な人間がついてくると思う。
あの大胆不敵でまっすぐな人柄とその行動力に魅せられる人も多いだろう。
次に会う時には本当に"美人女社長"になっているかもしれない。

「あたしKくんをマジで尊敬してる。早く彼女でも作りなよ。女なんていくらでもいるんだから。」

そういうことを、全く嫌味っぽくなく、何の意図もなく言い放ってしまう、そんな濁りのない彼女の人柄に強い憧憬を覚えた。
嫉妬ではない憧れを。

それと同時に自分の心の中にある、ざらざらしたものに気づいた。
それは、焦りに似たようなものかもしれなかった。

「大人になりたい。自立しなければ。」

帰り路に、強く、そう思った。



長い文章、読んでいただき、ありがとうございます。


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