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宗教じゃなかった

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A:後輩。女性

B:先輩。女性

30分程度?

※自殺や自殺未遂の表現があります。メッセージアプリでのメッセージのやりとりを中心にすすみます

—————

A:バイト先の、先輩だった。
A:10年前だった。
A:私は学生で、
A:シフトは土日メインで、
A:バリバリ入るバイトに比べて扱いが悪かった。
A:でも私は面の皮が厚かったから、
A:どれだけイヤな叱られ方をしても大きな声であいさつと謝罪ができた。A:「かわいそう、私」って思いながら。
A:1年でやめた。
A:先輩は、残った。
A:社員になった。
A:そして、連絡がつかなくなった。
A:10年前だった。
A:連絡がつかない。
A:10年も前だった。
A:連絡はつかない。
A:10年が経った。
A:既読がつかない。
A:でも
0:(繰り返し、メッセージを更新する)

A:2025年、10月10日深夜から、11日にかけて。

0:(10年前に時は遡る)
0:(メッセージの遣り取り)
B:お疲れ!今日代わりに入ってくれてありがとうー!
A:あ、いえいえ!
B:なんか大変だったみたいだね?振替入ったんだっけ
A:そうなんです!島君、振替入ってるの気づかなくて準備出来てなくて……B:振替はなぁー気づかないよねぇ
A:いやぁ……めっちゃ申し訳なかったです
B:みんなミスるから気にしないで!
A:ありがとうございます(´;ω;`)
B:次の土曜日シフト被るよね?バイト終わりご飯行こうよ
A:うわぁ!行きます!
B:じゃ、次よろしくね
A:はーい❤

0:(違う日のメッセージ)

A:2025年10月15日。
A:今日おごってもらってありがとうございました!
B:いえいえこちらこそー!ちょっと残業になっちゃってごめんね💦
A:めっちゃおいしかったです!
B:おいしかったね!お店教えてくれてありがと
A:先輩おなかだいじょうぶでした?
B:余裕!だいじょうぶだった!
A:よかったー!
B:また行こうね!
A:はーい!
A:2025年10月16日0時。
A:送ったとたんに日付が変わって、ちょっと笑った。
A:そのあたりから、先輩は露骨に変わった。

0:(違う日のメッセージ)

A:2025年10月30日昼。
B:今日早退したんだね!?びっくりした!大丈夫?
B:無理しないでね、ゆっくり休んで
B:……(メッセージの間が空く)
B:体調悪い時にごめん!次来るときシフト出してね!塾長が今日催促してたから!もう来月でやめるんだっけ?今月だっけ?来月もちょっと勤務しよって感じならシフト出しといてー
A:……(メッセージの間が空く)
A:わぁーご返信遅くなりました!申し訳ないです!今日先輩が代わりに入ってくださったんですよね……すみません……
A:ちょっと気圧にやられちゃったのかなって感じです……寝たら治ると思います!
A:シフト!出します!いうても次の土曜だけなんですけど……最終出勤になるんでごはんいきましょ!
B:……(メッセージの間が空く)
B:OK!

0:(違う日のメッセージ)
A:寒くなった。私はバイトをやめ、先輩は社員になった。社員になってから先輩は、休みがちだと聞いた。
A:2025年12月23日夜。
A:先輩、体調大丈夫ですか?
A:……心の方だったりしますか?
B:あ、返信遅くなった!ごめんね!
A:先輩―(´;ω;`)
B:大丈夫大丈夫wwめっちゃ普通に熱出しただけ!過労かなぁww
A:そうですよぉ!働き過ぎです!大学生バイトがレポート前で入れてないから先輩にしわ寄せいってるんですよね……私復職しようかな
B:いやいやほんとにそんなことないよ!
B:忙しいでしょ?私に気遣って復職しなくていいよ!またお金いる時にふらっと復職しなー
A:お大事にです
B:ちょっと寝るね。
A:はーい!

0:(次の日のメッセージ)

B:私やめることにしたー
A:えっ!
B:前から結構考えてたからむしろ遅過ぎたくらいかな
A:ムムムそうかぁー、もう遊びに行っても会えないの寂しいけど、でも先輩がやっと塾長から解放された!祝!って感じです!
B:(メッセージの間が空く)
A:今度、ごはんいきませんか?前いけなかったインドカレーの店とか
B:うーん
B:ごめん結構メンタルやってて無理
B:かもしれない
A:うぇーん(´;ω;`)先輩お大事にです……お休み満喫してください
A:元気になったらまた誘います!
B:元気になるかなぁ
A:ゆっくりでいいから元気になれるようにって祈ってます!
A:2025年12月25日。
A:メリークリスマスです、先輩

0:(次の月のメッセージ)

A:2026年1月2日。
A:あけましておめでとうございます
A:体調、どうですか。すごく心配です。先輩
B:……
A:2026年1月15日。
A:めっちゃ深夜にすみません。体調どうですか?
B:起きてるから大丈夫
A:(メッセージではなく驚きの呼吸)「……っ!」
A:返信きたのうれしいけど寝てほしい……
B:えー寝られないから
A:体調ってどうですか?
B:変な文法。体調、どうですか、じゃないの
A:そうですww
B:まぁまぁ、ぼちぼち
B:よくなったりわるくなったりかなぁ
A:そうかぁ
B:次の仕事の話した?
A:えっ、もう次のお仕事やってるんですか?すご
B:もうやめた
A:……
A:お仕事何だったんですか?
B:えっとねぇ。実は塾講師してたときから副業でやってたんだけど、なんていうのかなぁ、まぁフリーターなんだけど、web雑誌のライター
A:かっこいい!先輩文章書けるんですか!
B:小説とかは書かないけど、放送部で放送原稿作ってたから。
B:アイドルのライブレポートとか、サッカーのレポートとかが多かった

A:読んだことあります!推しのライブとか行って、その後レポート見るの楽しいんですよねーそこで初出しの写真とかあるし
B:あ、そうなんだ
A:けっこう読みますよ私
B:書く方からするとね?なんかしょうもなかった
A:しょうもなかった?
B:最初の頃はちゃんと会場まで行ってたんだけど、途中で体がついていかなくなって
A:あ、あれちゃんと行って書くんですね!?
B:そりゃそうよww
A:映像とかみるのかと思ってました……大変……
B:私が書いてたところは交通費とかしっかり出たから。
B:でさ、途中から行かなくなったの。交通費はだましとる感じになっちゃってほんとに辛かった。でも行けなかったんだもん
A:え、でも映像とか見たら書けますよね?
B:映像も見てないよ。そのジャンルのオタクのSNS投稿とかザっと見てから言葉遣いちょっと真似して書くの。その方がウケがいい記事かけた
B:セトリとかすぐネタバレされんじゃん。それで書くの。写真は先方からもらえるし
A:たしか、に?書けちゃうのかぁ
B:うん。オタクに人気のライターだったよ
B:それでね。
B:あ、寝たかったら寝てね
A:続き気になるから起きてます
B:ごめんね。それでね。こないだいつもみたいに書いたの。そしたら、アンコールの演出について?だったかな?なんかその辺が間違ってたんだって。私が見たオタクの情報が間違ってたのかな
A:え、やばそう
B:やばかった。オタクにめっちゃ叩かれた
A:あ、上司とかじゃなくて
B:上司にも怒られたね。でもオタクはもっとひどかった。「来てもないのにわかったように書いてるんだコイツ」って感じに、まぁなるよね……
A:うーん。まぁ、なるのか……それでやめちゃったんですか?
B:うん。
A:そうかぁ
B:めっちゃ心弱くない?会社からはペンネーム変えて続ければって言われたんだけど、もう自分の中でできる気がしなくなっちゃったっていうのかな。それでもうやめた
A:炎上みたいになったってことですよね
B:そこまでひどくなかったな。自分から見に行っちゃった
A:?
B:引用とかで言ってくる人はまぁ、見るじゃん。それ以外にも気になっちゃって、自分で、わざわざオタクのアカウント一個一個見に行って、私のこと言ってるっぽい投稿何回も何回も表示して、勝手に吐いて
A:気になっちゃいましたか
B:うん
A:SNSって見てて辛くなりますよね。私も定期的にそういう状態になっちゃうんですけど、そういうときは動画サイトで動画流しっぱにするのがオススメです
B:あーそうなんだね
B:……じゃあ、おやすみ。聞いてくれてありがとう
A:あっおやすみなさい!
A:……また、こうやって話してくれると嬉しいです

A:2026年2月7日
A:こういうこというのも先輩の負担になるのかもしれないけど、
A:だいじょうぶじゃなさそうな人が黙ってると、すごく不安なんです。A:だから、愚痴でも悪口でもいいから、先輩がすかっとするためにつかってくれていいから、何か話してください。待ってます。

0:(しばらくしてのメッセージ)

A:2026年10月10日
B:リスカしちゃった
A:……(メッセージの間が空く)
A:打ち明けてくれるのがすごく嬉しいです。
B:普段は自分の太もも殴って満足するのに今日は切っちゃった
A:いたいでしょ
B:いたい。さいあく。不潔な気がしてお風呂入れない
A:絆創膏はりましょ
B:でも傷が見えないと意味ないし
A:そういう、ものですか
B:……

A:2026年10月11日
B:きのうの傷めっちゃ汚くなった
A:包帯とかしました?
B:めっちゃかゆい
A:掻かないで~
B:もう掻いて汚くなった
A:病院とかいきませんか
B:後輩にこんな話してほんとに嫌になる
B:つらくするだけなのに
B:嫌いになってほしい
A:ならないです、そんなことで
B:そんなことじゃないよ。最悪のことだよ
A:でも、私もそうなるかもしれないことですよね
B:優しいね

A:2026年10月12日。
B:死にたいこんなあたしなんか
A:先輩が、死にたいって思うほどつらいっていうこと、わたしもつらいです。
B:ほらこうやって他の人もつらくしちゃうんだ
A:ううん、そうじゃなくて、
0:(次の日)
A:すみません昨日途中になっちゃってた
A:先輩がつらいっていうこと、伝えてくれてるのが、すごくありがたいなって。
A:だって伝えるのもつらいと思う。
A:でも話すことでなんか。
A:話さない人ってこちらからはすごい心配で、何もしてあげられないんだってつらくて
A:だから話してくれるのがありがたいです。
A:またつらくなったら、メッセージください。

A:あれ、返信が、返ってきてないな、と。思ったのはその年の末だった。


0:(半年ほどたったあと)
B:2027年5月30日。
B:(一文字ずつ丁寧に入力する)「ば・い・ば・い・。」
B:ばいばい。
A:……(メッセージの間が空く)
A:え?
A:先輩
A:先輩
A:先輩!
A:先輩電話かけていいですか
A:かけますね
0:(通話を掛ける音)
A:(焦って切ってしまい、通話を掛け直す)
A:(浅くなっていく呼吸)
A:(通話を掛け直す)
B:(通話にでる)
A:ッ!もしもし!
B:うん。
A:……
B:なに?
A:あ
B:なに?
A:い、いま時間いいですか
B:はやめにしてくれると
A:この後って……
B:この後?
A:……
B:この後の予定、あるから。はやめに終わらせて。
A:はい……えっと、先輩、ですか?
B:はいそうです
A:いまどこですか
B:旅行さき。
A:りょこう。
B:しばらく連絡来なかったからもうあきらめたかとおもった
A:変な気、つかっちゃって。
B:……
A:うそです。私にも余裕がなくなっちゃって。いそがしくて
B:連絡がこなくてめっちゃ心に余裕出来た。こっちは。
A:え
B:通知来てるの見ただけで体の力抜けるんだよ
B:おかげさまで旅行なんかできるようになりました
A:すいませんでした
A:りょ、りょこうたのしいですか
B:さあね
A:……
B:あの時あたしに起きていたことを教えてあげる
A:あのとき?
B:あのとき。わたしが愚痴いうようになったとき
B:あなたはたくさん返してくれたよね。その中のひとつのことばが私の心臓をひっかいたら、もうだめだった。
B:いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。きもい。きもい。きもい。きもいきもい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。
A:せんぱい
B:助けてあげようって、こっちに伸びてくる手とか、かけてくれる言葉とか、
B:全部怖くなって、あれ、どうしたらよかったんだろう。今でもわからない。
B:全部無理になって、どうしたらいいんだろ。どうもできなくない?
B:どうにかしなくちゃいけないのか。
B:あたしこのままじゃダメなのか。
A:いや……(ダメじゃ、と言いかけて言えない)
B:あたしさ、あなたがあなただとわからない時があった。……何言ってんのかわかんないでしょ。
B:みんなの顔が私の上にあって、見下ろされてて、誰が誰かわからないの。
B:「優しいね」しか返せなかった。心が空っぽだった。
B:それで、あなたとのやりとりやめた。こんな寂しくなるのなら、なんで打ち明けてるんだろうって、思ってね。
B:けっきょく、あたし、あなたに救われてあげられんかった。

0:(……)

B:……もういい?
A:待ってください!
B:なんですか。
A:わ、わがままを、押し付けるのがすごく怖い、けど、
A:い、生きててほしい、……
B:……もう、いい?
A:先輩!
A:先輩!待ってください、待って!
B:いるけど
A:あ、
B:だりー
A:……ごめんなさい
B:別に……あんたのことだけじゃないから。
B:ね、母親が死んだときのことだけどね。
A:はい。
B:あたし生まれた時から父がおらんくて、別に興味もなかったんだけど。名前も顔もしらなくてさ、いないのが当たり前だったの。不自由なく育ててもらったし。
B:でね、
B:他の子はみんなママって呼んでてさ、なんか響きがそっちの方が可愛いなと思って、そんな風に呼んだらあたしでも甘えられそうだなって。あたしも「ママ」って呼んでみたの
B:きもいからやめてって言われて
B:かなしかった
B:でもあたし母親が大好きでねぇー
B:あたしよりちゃんとしてるからさ、家でも、職場でも、トラブルとかあったら毒吐きながら行っちゃうんだよね。そんなんいかなくていいじゃんって、言ったんだけど。だって母は悪くないんでしょって。行っても大変な思いして、擦り減るだけでしょって。
B:そうやって行って帰ってくるたびに、あたしの母親が、減っていくような気がしたの。
B:母を苦しめる人はみんな死ねばいいと思った
B:なんであたしのとこを離れて、母を苦しめることしかしない人の所へすり減らされに行っちゃうんだろう。そういう人が許せなかった。死ねばいいと思った。
B:母は病院で死んだんだけど。
B:あたし、母が一番で母より大切な人なんていなかった
B:だから母が死んだらあたしも後を追って死ぬんだって、決めてた。B:……バイト終わりとかに帰ってる時とかはさ、母が死んだらもう私死ぬんだって
B:でも夜中に急に「あれ、一人でも生きていけるかも」って思うんだよねB:……
B:で、なんか生きちゃってんだ
B:母、母が死んだら、みんなが「お葬式はどうしますか」「どうしますか」「どうしますか」って、意味わからんくらい忙しくて
B:死ぬ時間が、なくて……
B:葬式とかキモイからやりたくなかった。誰が来てもキモイもん。
B:はぁー、こんなにぐちゃぐちゃになるんなら、
B:こんなことなら病院で死なせるんじゃなかった
B:あたしいまどこにいるんかわからん。ふわっふわしてる
A:くすりとか、飲んでるんですか
B:そのさ、あなたのその「やめた方がいいですよ」が次に来るのが見え見えの、そういう言葉がやばくて、本当にゲロ吐いたことある。もう今はいいけど。
A:ごめんなさい
B:……何言われてもね、気持ち悪いんだよ。あなたが嫌いなんじゃないはずなんだけど。
A:……そうなんですか
B:あたしどこから狂っちゃたんだろう。すごく余裕があったはずなのに。
A:先輩は狂ってないですよ
B:でも、もう普通になれない。
A:普通って何ですか
B:それわかってたらこうなってないよね
B:……(スマホを落とす)
A:……
A:どうすればよかったんですか。先輩がすり減らされていくのを見てたけど、でも、どうすればよかったんですか。死んでほしくない、って思っちゃいけないんですか。
A:人と人って、どうやって生きていくんですか、じゃあ。生きててほしいです。わがままなのかな。
A:……
A:……
A:先輩死んじゃうんだ。
A:どうしよう。死んじゃうんだ。
A:……
A:……でもなんか。
A:なんか、あれ、私生きていけそうな気がする
A:なんか、平気でやって行けそうな気がする……
A:なんでなんだろう。
A:先輩がいてくれたこととか、忘れていけそうな気がします。
A:わたし、やって行けるんだ。
A:わたし普通の人間なんだな。
A:そうなんだ、わたし、
A:(スクロール)2027年5月30日、(スクロール)2026年1月2日、(スクロール)2025年10月1日、2025年10月30日(アプリを閉じてまた開く)……2027年、5月30日。(更新する)2027年5月30日。(更新する)5月30日(更新する)5月30日。
A:私は、29歳になった。今度、友達が結婚します。
A:私は、先輩のお葬式にいくために死神みたいな黒いスーツを買いました。お葬式、まだですか。
A:私は、時々一人で旅行に行きます。女の一人旅って、こわいですね。
A:そういえば、先輩に借りた本、間違えて古本屋に売っちゃいました。ごめんなさい。
A:最後の通話から10年がたった。既読がつかない。でも、
A:先輩がまだどっかで生きてるって知ってますよ。
A:ねぇ、先輩。
A:先輩。
B:……それ、『宗教だよ』。
A:あ、ほんとだ。

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