労働判例を読む#225

【加賀金属事件】大阪地裁R2.1.24判決(労判1226.84)
(2021.1.29初掲載)

 この事案は、従業員Xが会社Yの①役員となり、②常務取締役となっていく過程で、いつ、従業員性が無くなったのかが問題となった事案です。すなわち、解雇の有効性、残業代、退職金、に関し、仮にXに従業員性が認められれば、解雇は無効で従前の地位にあることが認められるでしょうし、所定の残業代や退職金が支払われることになるでしょう。

 裁判所は、①役員となった段階では、従業員性が無くならないとしましたが、②常務取締役となった段階で従業員性が無くなったと判断しました。その結果、解雇は有効となりました。

1.①時点での判断

 この時点で、他の役員すら与えられていない社用車の使用や、高額な報酬、役員会への出席があったにもかかわらず、従業員性が失われないと判断されたポイントは、Yが、Xに対してわざわざ従業員職務を委嘱する旨の取締役会決議をし、製造部長との役職名を付与している点でしょう。

 このポイントに関し、2つの点を指摘します。

 1つ目は、従業員性と役員性が、必ずしも二律背反ではなく、役員性があっても従業員性が肯定される場合がある、という点です。従業員性が否定されるものではない、という意味での消極的な理由です。

 もちろん、仕事のために使われる時間や労力は限られており、両方に100%のリソースを投入することはできませんから、役員としての仕事が極めて忙しい場合には、従業員性の認定で消極艇により強く作用しますが、この事案では、Xが比較的ゆったり仕事をしていた様子で、役員性と従業員性が十分両立できたのです。

 2つ目は、より積極的な理由です。

 多くの場合には、「指揮命令」の有無がカギとなりますが、判断理由の中ではこの点に言及がありません。この段階で裁判所が重視しているのは、従業員職務を委嘱する取締役会決議と、役職名の付与です。

 実際の会社内での従業員兼務役員の立場を考えると、既に、ある程度の規模の会社で、権限のある管理職者が、従業員として指揮命令を受ける立場にあったのか、という認定をするのは難しいことです。というのも、組織上一般的に、ハイレベルになるほど判断を任される範囲が広くなり、具体的な指揮命令を受ける部分よりも、抽象的な指示を受け、自分の方が具体的な指揮命令をする部分が増えていくからです。

 このことから、①時点では、Yが自ら従業員職務の委嘱や役職名の付与をしたのに、後に、それが実態と異なる、という前言を覆す主張をしている点が、Xの従業員性を肯定する積極的な事情とされていると思われます。

2.②時点での評価

 他方、役員内での出世にすぎないようにも見えますが、判決はこの段階で従業員性が無くなったと認定しました。

 ここでは、❶肩書のレベルが上がっただけでなく、❷従業員兼務が外されたこと、❸給与が社長などに近い金額になったこと、❹職務内容からそれまで担当していた業務の一部(製造課長としての業務の一部など)が外れ、❺業務内容に新たな業務(労使協定への関与など)が加わったこと、がその根拠として指摘されています。

 すなわち、役員性が高まった(❶❸❺)ことと、従業員性が低くなった(❹)ことのほか、上記1と逆にYの対応と一貫していること(❷)も指摘されています。役員性と従業員性の比較により、もはや従業員性を認められなくなった、と整理することができるでしょう。

3.解雇の合理性

 解雇の合理性と言っても、従業員の解雇ではなくなりますので、労契法16条の適用はなく、会社法339条2項の定める取締役会人の合理性が問題になります。

 ここでは、従業員の解雇の場合とは明らかに違う視点から、その合理性が検討されているので、確認しておきましょう。

 すなわち、❶所管部門の重要な従業員数名が退職しようとした点(目配りや従業員との信頼関係構築の不十分さ)、❷執務時間中、個室でネットゲームやわいせつ画像の閲覧(資質への疑義)、❸XがY社長からパワハラの疑義があると伝えられたときに、経営上すべきことを全く考えず、即座にYと対決する意向を示したこと(経営者に求められる職務の性質に明らかに反する)、が主要な根拠とされています。

 特に、❹パワハラ行為は認定できず、また、❺特に具体的な業務指示違反などの「法的義務」違反も認定されていません。指揮命令に従う、という立場ではなく、自らの責任と判断で会社経営に貢献することが求められていることが、これらの理由付けから理解できます。

4.実務上のポイント

 役員の従業員性は、「指揮命令」の有無、という基準ではうまく判断できず、それに代わり、従業員兼務という形式面と、従業員時代の業務内容との異同の程度という実質面が、判断の際に考慮されました。

 少なくとも、役員になれば従業員性はなくなる、と簡単に決められる問題ではありません。

 たしかに、役員の能力の評価が、従業員の場合と違う基準で行われることが、この判決からも確認できますが、重要なのは、役員の健康に対する配慮も必要であるという点です。役員だからといって、自由にこき使えるのではないことを、まず確認しましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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