労働判例を読む#199

【北海道二十一世紀総合研究所ほか事件】札幌高裁R1.12.19判決(労判1222.49)
(2020.11.13初掲載)

 この事案は、シンクタンクYの研究員Xが、うつ病に罹患して休職をし、復職後給与などが半額に減らされ、復職7年後に再度休職した事案です。
 労働基準監督署は、うつ病の罹患について、労災認定しています。
 次に1審は、うつ病の罹患についてYの責任を否定しつつ、復職後の給与の減額や退職強要についてYの責任を肯定しました。
 これに対して2審は、うつ病の罹患だけでなく、給与の減額や退職強要についても、Yの責任を否定しました。

1.うつ病の罹患についての責任

 労働基準監督署が労災を認定し、裁判所が使用者の責任を否定する、という事案は他にも見かけられますが(例えば、「豊榮建設従業員事件」大津地裁彦根支部R1.11.29判決、労判1218.17)、この裁判例(1審・2審)が特に注目されるのは、労働基準監督署による事業上(≒相当因果関係)の認定を否定していない点です。
 すなわち、豊榮建設従業員事件では、ハラスメントの有無に関し、労基署と裁判所で評価が逆になったのですが、この事案では、相当因果関係を認めた部分はそのままに、「過失」の要件である「予見可能性」がない、という別の理由で、使用者の責任を否定したのです。
 これは、労災の場合には使用者の過失の有無が問題にならないのに対し、Yの民事上の責任の場合には過失が必要である、という構造上の違いを反映しています。
 もちろん、ここで問題になった長時間労働は、相当因果関係の判断の中心論点になるだけでなく、予見可能性についても、予見可能性の存在を認める方向で機能します。つまり、会社側にとって非常に不利な事情になりますので、2審も、長時間労働の事実について、「これは、安全配慮義務違反を基礎付ける事情に当たるといえる」と、わざわざ言及しています。
 けれどもこの裁判例では、Xがアルバイト時代から数年にわたって調査業務を行ってきて、適性があったこと、仕事の内容が個別性が高く、裁量の範囲が広かったこと、特に困難な内容や量の業務が与えられていたわけでないこと、作業の外注も可能だったこと、Xが作業量の多さやストレスなど上司らに相談しなかったこと、などから、予見可能性を否定しています。
 単純に、何も相談がなかったから、というだけではないことに留意してください。長時間労働であれば、責任が認められ易いことをわざわざ言及しているし、裁量性の高い特殊な仕事だったのです。

2.減給についての責任

 1審と異なり、2審は、安全配慮義務と減給は関係がないとして、Yの減給に関する責任を否定しました。
 けれども、Xの同意なしの減給であって、賃金債権の債務不履行に該当しうることは認めています(賃金債権の消滅時効によって請求していないのでしょうか)。この結論自体は、仕方のないことかと思われますが、特に注目されるのは、復職後の減給です。
 例えば、「一般財団法人あんしん財団事件」(最高裁三小R2.3.10決定、労判1220.133)は、会社の就業規則に、「復職にあたって旧職務と異なる職務に就いた場合は、職務の内容、心身の状況等を勘案して給与を決めることとする」という規定に基づいて、一時的に管理職者を一般職として復職させた事案で、降格処分を有効としました。
 また、「一心屋事件」(東京地裁H30.7.27判決、労判1213.72)は、結論的に復職の際の減給を無効としましたが、裁判所は、会社が「人事権の行使として、同様の事故が起こらないように配慮する目的でその勤務内容を決定すること自体は不自然なことではな(い)」とし、業務内容の変更可能性を認めました。さらに、「人事権行使の裁量の範囲内であれば、職務内容の変更に伴い、職務に対応する手当等の支給が廃止されることも許容される場合もあり得る」としています。つまり、復職の際に降格減給することについて、就業規則の規定がなくても行こうとなる可能性がある、と示されたのです。
 この点は、復職の際に、復職できるか解雇・退職となるか、の二者択一でない柔軟な対応を可能にする面もあるため、降格減給を伴う復職がどのような場合に認められるのか、注目されるところです。
 これに対して、この裁判例では、同意がなければ減給が認められない、としています。復職の際の減給が一般的に認められない、という前提のようです。
 この裁判例では、減給の可否そのものが論点ではなかったことから、踏み込んだ議論がされておらず、このような一般論が述べられてしまうのも止むを得ないところですが、復職制度の柔軟な運用を可能にする観点から、今後、注目される論点です。

3.実務上のポイント

 退職勧奨について、簡単に指摘しましょう。
 退職勧奨は、それ自体が違法である、と誤解している人がいますが、そうではありません。退職勧奨のやり方によって、違法になるだけです。
 その意味で、2審が退職勧奨による損害賠償を否定した点は、ちゃんと理由があります。
 けれども、職を失うことにつながる、非常にインパクトのあることですから、退職勧奨が必要以上に本人を傷つけてしまうことに注意しなければなりません。
 その意味で、2審が、Xの復職がまだ完全な状態でないまま数年経過していたことを指摘して、退職勧奨することの合理性を問題にしています。
 退職勧奨は違法ではないからと言って、不合理な退職勧奨にならないよう、慎重に退職勧奨するようにしなければなりません。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?