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労働判例を読む#467

【国・人事院(名古屋刑務所)事件】(東京高判R4.6.14労判1276.39)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、刑務所で勤務するXが、一時期、夜勤を外されたところ、人事院Yに対し、夜勤に戻すように「行政措置要求」をした事案です。1審2審いずれも、Xの請求を否定しました。

1.1審の判断構造
 1審の判断構造は、以下のとおりです。
① 勤務条件
 勤務条件に該当すれば、措置命令を求めることができる。
② 管理運営事項
 ①の例外として、管理運営事項に該当する場合(≒現場に裁量が与えられている人事権の行使)には、措置命令を求めることができない。
③ 例外
 ②の例外として、「勤務条件の側面から捉えて措置要求の対象と解することができる場合」には、措置要求の対象となる(この表現は、どこかトートロジーのようにも思われますが…)。
④ 当てはめ
 パワハラを理由とする主張について、Yの対応に、「裁量権の逸脱・濫用」が認められず、「業務上必要かつ相当な範囲を超える言動」に当たらないことから、③に該当しない(したがって、①にも該当しない)。
 平等取扱いの原則・人事管理の原則違反を理由とする主張について、「裁量権を逸脱、濫用してなされたもの」ではなく、③②該当しない(したがって、①にも該当しない)。
 このように見ると、1審では、「管理運営事項」に該当する場合でも、裁量権の逸脱・濫用があった場合には、措置命令が認められる、すなわち、③の例外ルールは、裁量権の逸脱・濫用があったかどうかによって判断されることが分かります。
 このように、3段階で判断する構造となっているのです。

2.2審の特徴
 これに対して、2審は、1審と少し違う表現で簡潔に判断しており、特に判断構造については、2段階なのか3段階なのか、分かりにくいところがありますが、以下のように整理できます。
 まず判断構造ですが、2審は1審と同様、3段階となっています。
 すなわち、①勤務条件であれば措置命令を求められるが、②管理運営事項であれば措置命令を求められない、③しかし、②の例外として「勤務条件の側面から捉えて是正」すべき場合には、措置命令を求めることができる、④本事案は、③に該当しない、という判断構造です。
 けれども、③の例外を判断すべき判断枠組みが、1審と異なります。
 すなわち、1審では「裁量権の逸脱・濫用」がキーワードとなりますが、2審では「勤務条件の側面から捉えて是正すべきかどうか」がキーワードとなります。裁量権の逸脱・濫用、という概念を介して判断するのが1審であり、このような中間概念を介さず、①の「勤務条件」に該当するかどうかを直接検討しているのです。
 このように、③の段階で、①の段階と同じキーワードを使って判断をしているのですから、結果的に、①②の2つのルールのいずれかの選択になっています。この意味で、2段階で判断している、と評価することも可能でしょう。
 2審の判断も同じ結果となったので、1審と2審の判断構造の違いによって、どのような差が生じるのか分かりませんが、キーワードが違うことから、以下のような差が生じるかもしれません。
 すなわち、個別の事案に関し、「裁量権の逸脱・濫用」がない場合でも、人事制度自体に関わる重要な問題が含まれる場合には、2審の判断枠組みに従うと、措置命令を求められることができるように思われます。この意味で、構造的な問題かどうか、というより本質的な点が判断の対象となり、措置命令の制度趣旨に沿った判断が可能になる面があるように思われるのです。
 他方、2審では、「勤務条件の側面から捉えて是正すべきかどうか」、すなわち人事制度自体に関わるかどうか、という抽象度の高いキーワードが用いられているため、簡単にこれを認定できないかもしれません。1審の示した「裁量権の逸脱・濫用」も抽象度が高いキーワードですが、行政機関として有する権限を認定し、それが濫用されているかどうか、という判断プロセスが示されますので、2審のキーワードよりも、認定される可能性が高いかもしれません。

3.実務上のポイント
 判断構造の違いを理解することが難しいため、判断構造の検討が長くなってしまいましたが、本事案が措置命令の対象になる余地はあるのでしょうか。措置命令制度の在り方に関する、より本質的な点も検討しましょう。
 本事案で措置命令が否定された実質的な理由は、以下の2点にあるように思われます。
❶ Xが、夜勤に戻す、という具体的な人事措置を要求したこと
❷ パワハラ・平等取扱いの原則・人事管理の原則違反について、「疑い」を指摘するにとどまっていること
 ところで、措置命令制度は、(この判決では明示していませんが)公務員の人事権が制限されていることの代償として設けられたもので、典型的には、団体交渉に代わり、労働条件の検討を行政機関に命じるものです。
 このような背景から見ると、上記①②の構造も理解できます。すなわち、①団体交渉に馴染むべき事項・多くの公務員に関係すべき勤務条件については、対象になるものの、②個別事案ともいうべき管理運営事項については、対象にならないのです。
 そして、❶は典型的な個別事案であって、②管理運営事項に該当する(したがって、措置命令の対象とならない)と評価され、❷は勤務条件に該当することが十分示されていないことから、③①勤務条件に該当しない(したがって、措置命令の対象とならない)と評価されたのです。
 このように整理すると、❶夜勤に戻す、という個人的な人事措置を要求せずに、❷パワハラ・平等取扱いの原則・人事管理の原則に違反する状況を作りやすい制度上の問題の是正を要求する(もちろん、そのような状況にあることを、十分な事実や証拠で説明することが必要です)、という主張・ロジックをXが採用していれば、措置命令の対象とされた可能性があったかもしれません。
 措置命令制度の本質や趣旨に遡って検討すべき問題です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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