労働判例を読む#196

【豊和事件】大阪地裁R2.3.4判決(労判1222.5)
(2020.11.5初掲載)

 この事案は、うつ病が過重労働によって発生した、と主張する元従業員Xが、会社Yの責任を追及した事案です。労基署も労災認定していますが、裁判所はYの民事責任も認めました。
 なお、裁判手続きでは固定残業代の合意が成立していたかどうか(結論として、否定されています)も議論されていますが、ここではYの健康配慮義務違反の問題に限定して検討します。

1.業務の過重性

 本判決で特に注目されるのは、業務の過重性です。
 業務が過重であると認定されると、相当因果関係の認定や過失の認定で従業員の有利に機能しますから、業務の過重性は重要な論点になります。
 実際、業務の過重性は、厚労省の労災認定基準が定める様々な判断枠組みの中でも、長時間労働に関する判断枠組みを引用し、Xの勤務時間が長時間であったかどうかを最初に検討しています。
 これに対してYは、Xが時間をかけて仕事しているけれども、業務量は多くなかった、無駄な仕事が多かった、などと主張していますが、いずれも否定されました。
 例えば、Yは、Xと同じような業務を担当していた同僚や、Xの業務を引き継いだ同僚が、それほど仕事をしていない、などという具体的な例を示した主張をしています。けれども裁判所は、これら同僚の「業務量及び残業時間を明らかにする的確な証拠はな(い)」として、Yの主張を否定しています。Yとしては、要領が悪いXの側に原因がある、と力説したいところでしょうが、それが正面から否定されたことになります。
 この点については、1つ目に、Yとしては、Xだけでなく、これと対比する同僚の業務量や残業時間を明確に証拠化し、Xと比較できるようにしておけばよかった、という考え方があり得ます。詳細は、実際にYがどのような証拠でどのような事実を証明しようとしたのか、に関わってきますから、「労働判例」を読むだけではコメントができない問題ですが、裁判所が「的確な証拠はない」と断じている表現を見る限り、詳細な証拠を提出したのに否定された、という表現ではなさそうですので、この考え方にも相当の合理性がありそうです。
 けれども、問題はそれだけではないように思われます。
 2つ目は、長時間労働との関係です。
 特に、労災認定基準の定める長時間労働が認定されると、原則として過重労働であることが推定される、という状況になります。つまり、Xの過重労働が認定された本件では、Yの側で、Xの業務が過重では「ない」ことを証明すべき状況にあった、と思われるのです。
 3つ目は、適性です。
 Yの主張は、Xを同僚と同じように処遇した、だから責任が無い、ということにつながります(そこまで明確に主張しているかどうかはともかく)。けれども、Xと同僚が同じような業務処理能力があるとは限りません。
 むしろ、Yの主張から垣間見えるのは、Xの能力が低いからこそ、Xの同僚と同じ仕事を処理できるように成長する必要があり、Xの同僚と同様の仕事を与えた、という運用です。もちろん、相当の配慮もしたでしょうが、従業員の「伸びしろ」を伸ばす、ストレッチ、などの言葉で実力よりも高めの仕事と業務目標を設定することがありますし、そのこと自体が必ずしも悪いわけではありません。
 けれども、伸びしろ、ストレッチ、などの名目で、従業員ごとの個性を無視した画一的な対応をするばかりであれば、それはやはり配慮義務違反になり得るでしょう。
 こうしてみると、Xが同僚よりも能力が低かった、という主張は、Yにとって両刃の剣であることがわかります。一方で、X側の問題である、としてYの責任を軽減する方向で働きますが、他方で、YはXの能力に見合った仕事を与えるべきである、としてYの責任を加重する方向で働くからです。

2.実務上のポイント

 要領が悪い従業員に、その同僚と同じ仕事を与えた結果、その従業員がストレスを感じてメンタルになってしまった、という事案の場合、会社は、全て従業員の側の問題とはできない、ということが理解できたでしょうか。
 労務管理の観点からみると、従業員の個性に応じたきめ細かい対応が必要になってきたことの表れであり、会社の人事政策の観点からみると、現場の管理職者が部下に対してきめ細かく配慮できるように育てなければならない必要性の表れとなります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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