労働判例を読む#266

【アルパイン事件】東地判R1.5.21労判1235.88
(2021.6.25初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、定年後再雇用に際して従前と異なる業務を提案されたXがこの提案を拒絶し、再雇用されなかったところ、再雇用しなかった会社Yに対して雇用関係が存在することの確認を求めた事案です。裁判所はXの請求をすべて否定しました。

1.高年法9条
 高年法9条は会社に対し、定年延長や定年廃止、「継続雇用措置」を講じることを義務付けています(ここでは65歳までのルールに限って検討します)。
 Xは、この「継続雇用措置」義務によってXの希望する業務や条件での雇用契約が成立したと主張しました。ここでXが特に重視しているのが、津田電気計器事件(最判H24.11.29労判1064.13)です。津田電気計器事件で裁判所は、従業員が継続雇用を希望したのに会社がこれを拒否したことは違法として、所定の条件での雇用契約の存在を認めました。会社の定めた継続雇用措置に関する規定が定める雇用継続する条件を満たしているのだから、雇用継続すべき義務が会社に発生する、という理論です。
 たしかに、この津田電気計器事件の最高裁判決を見て、Xが従前と同様の条件で雇用継続されるべき権利があると期待したのかもしれません。
 けれども、津田電気計器事件の最高裁判決も会社の規定する条件での雇用継続を認めたにすぎず、従前の条件と同じ条件での雇用継続を認めていません。Xは定年前の業務(音響機器の設計)を継続できると主張していますが、この点で津田電気計器事件の最高裁判決以上のものを求めていることになります。
 さらに、津田電気計器事件では、会社の定めた再雇用の条件に関する規定の解釈が問題となっていますが、Xはそのような条件に関わりなく雇用継続されるはずと主張しており、この点でも判例以上のものを求めています。
 また、津田電気計器事件では、従業員が再雇用の条件を満たしていたのに会社が再雇用を拒否した事案ですが、本事案はYからの再雇用の提案をXが拒否した事案であり、紛争の形態自体が根本的に異なります。
 津田電気計器事件の最高裁判決は、高年法9条の趣旨を理由に従業員に有利な判断をしていますが、それは、再雇用の条件が満たされれば会社は再雇用の申込みに応じる義務が生ずるという点にとどまります。再雇用の条件を会社が定めることを否定しているわけでも、従業員に雇用条件を決定する権限を与えているわけでも、ましてや無条件で従前と同じ内容の雇用契約が成立することを認めているわけでもありません。
 このように、Xの主張は法律的に見て相当無理があるのです。

2.実務上のポイント
 高年法9条が、従前の条件での契約成立という表現ではなく、「継続雇用措置」という言葉を用いていることからして、同一条件での契約成立を期待できるという解釈に無理があることは明らかです。高年齢者の雇用の問題は、国家レベルの制度設計の問題でもあり、法改正の度に大きな社会問題になっている中で、経済状況や労働市場の状況などから高齢者の全てを従前どおりに産業界が受け入れられない状況にあることは、制度設計に大きな影響を与え、「継続雇用措置」という言葉としてルール化されました。
 このことを考えても、Xの主張は高年法9条の背景事情を完全に無視したものであることが分かります。
 けれども、経験豊富でやる気のある健康な高齢者であれば、社会的にももっと活用すべきではないかという議論が強くなってきていることも事実です。本事案では、自分の希望しない業務を担当させられることへのXの不満が問題とこじらせてしまいましたが、現時点では身勝手に見えるXの主張も、時代が変われば、例えばXの代わりに仕事を任せたいと思う若手従業員をYが獲得できないような事態を考えれば、もっともな主張と評価されるかもしれません。高齢法の改正がすぐに行われるわけではありませんが、法解釈の変更や実務上の運用の変化などで高齢者に対する意識やルールが変わっていく可能性は否定できません。
 高齢者の雇用に関する問題は、その重要度が増すことはあっても減ることはないでしょう。それにつれて社会慣行やルールも変化していきますから、変化に敏感である必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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