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労働判例を読む#518

※ 司法試験考査委員(労働法)

【バークレイズ証券事件】(東京地判R3.12.13労判1290.91)

 この事案は、外資系金融機関Yの「シンジケーション本部長」Xが、組織改編に伴って解雇された事案で、Xは解雇が無効であると主張しました。裁判所もXの主張を概ね認めました。

1.外資系企業の人事制度とのズレ
 この事案で特に注目されるのは、Yが、外資系企業に多く見られる人事制度やその運用に即した判断を求めたのに対し、裁判所は、整理解雇の4要素や解雇権濫用の法理という日本の労働法のルールをそのまま適用した点にあります。
 例えば、Yは、①従業員はポジションが特定されて採用され、ポジションが無くなれば他のポジションに配置転換するようなことはなく、退職するのが当然出会って、社内で配置転換するようなことは行われない(したがって、配置転換の努力など、解雇回避努力には、日本の会社よりも制約があり、その中で十分な努力をした、あるいはXのポジションが無くなれば解雇されざるを得ない)、②人員削減の必要性については、世界のグループ全体の観点から、早めに組織改編やリストラがなされる必要がある、という趣旨の主張を、様々な観点から行いました。このような制度や運用となっているのは、多くの外資系企業で、「ヘッドカウント」という数値(部門ごとに採用できる従業員の上限数、というイメージ)が、あたかも部門ごとの運営予算と同じように本部から指示され、その代わり、各部門が従業員の採用や解雇に関する権限が与えられているため、部門間でヘッドカウントを融通しあったり、部門間で配置転換を行ったりするようなこと等ができない、という組織構造や経営プロセスになっているからです(Yも同様と思われます)。
 これに対して裁判所は、①実際Xは、採用後社内で昇進しているなど、ポジションが固定されていたわけではないから、ポジションが固定されていた、と言えない(したがって、配置転換なども可能なはずである)、②グループ全体としても、シンジケーション部門としても、赤字の年があったとしても黒字の年が多く、経営の観点からXのポジションを廃止する決定をすることに合理性があるとしても、そのことがX解雇の理由にはならない、などと判断しました。
 外資系企業の人事制度は、会社全体で従業員を雇用した、という発想と異なり、チームを任された各部門のリーダーが、自分の部下を選ぶ権限も与えられている、という発想が基礎となっているため、終身雇用制度を前提として構築されてきた、解雇権濫用の法理+(配転など)会社側の幅広い人事権、という労働法制度を当てはめると、どうしてもズレが生じてしまいます。
 実際、本判決は日本のルールをそのまま愚直に適用していますが、外資系企業の人事制度と日本の労働法制度を上手く融合させる方法はないでしょうか。控訴されているようですので、控訴審の判断が注目されます。

2.実務上のポイント
 支払いが命じられたXの給与も、月額350万円が基礎となって計算されています。高額の報酬を得ている外資系企業の従業員については、労働法が守ろうとする一般的な労働者とは言えない、労働法の適用対象外だ、という趣旨の主張も見かけますが、労働者は労働者です。労働法の適用がない、と正面から判断した裁判例は、今のところ見当たりません。
 ホワイトカラーエグゼンプションなど、立法・行政の領域でも、ルールの多様化が模索されていますが、十分実効性があり、機能するルールは確立していません。労働者保護の在り方は、国ごとに事情が異なるので、日本の労働法をすべて廃止するような過激な変化は望ましくないでしょうが、他方で、国際的な企業活動にあまりにも合わないと、外資系企業の日本への参入障壁になるなど、日本経済が世界経済から孤立し、その地位が低下し、日本経済の活力を奪うことになりかねません。
 さらに、外国人が日本で働く場面も増えてきており、将来的にもこの動きを阻害するべきではなく、むしろより活性化すべきでしょう。
 このように、労使両面から国際化が進む中で、日本の労働法制度の在り方について、問題意識をもって注視する必要性を、本判決は改めて気づかせてくれます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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