労働判例を読む#313

今日の労働判例
【森山(仮処分)事件】(福岡地決R3.3.9労判1244.31)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、従業員20名(内、運転手15名)のバス会社が、業績の悪化(コロナ禍前の月商2000万円~3500万円に対し、令和2年3月は400万円、4月は90万円、5月は0円)に伴い、バス運転手3名を整理解雇した事案です。
 整理解雇された運転手XがYに対して、整理解雇が無効であることを前提に、生活のために必要であるとして賃金の仮払いを請求し、裁判所はその請求の一部を認めました。

1.整理解雇の無効
 ここで裁判所は、明示していませんが、いわゆる整理解雇の4要素を判断枠組みとしているように見受けられます。すなわち、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③解雇対象者選定の合理性、④解雇手続きの相当性が整理解雇の4要素ですが、これを意識した検討が行われているのです。
 このうち、①については、上記のような前提事実に加え、運転手に休業要請を行う事態に陥っていたこと、例えば4月の売上87万円に対し従業員の社会保険料負担は150万円超であったこと、雇用調整助成金の支払いも不透明であったこと、等を指摘しています。
 ここで特に注目されるのは、それまでの観光バス中心の事業から、高速バスも運行することとし、そのために運転手2名を新たに雇用した事実があるにも関わらず、運転手の整理解雇が必要であると評価した点です。従前の裁判例には、新規採用する余裕があるなら①人員削減の必要が認められない、という趣旨の判断を示すものがありますが、本事案では、単なる人数の問題だけで①人員削減の必要性が判断されるのではなく、従前の運転手の中から高速バスの運転手を確保できなかったことが前提になっているとは思いますが、会社の具体的な事業内容との関係で①人員削減の必要性が判断されており、会社経営の実態に配慮した判断がされていると評価できます。
 次に②解雇回避努力については、判断理由の中では言及されていませんが、事案の概要や認定事実の中で、従業員の基本給を維持しつつ、各自に営業活動を依頼し、アルバイト可能とし、公休の前倒しの消化を依頼し、セーフティーネットの借り入れとして5000万円を調達し、バスのリース代の支払猶予を受け、役員報酬の50%カットを決定し、新たな収入源として高速バスの運行開始を決定した、等の事実が指摘されています。②解雇回避努力義務が十分かどうかについての評価はされていませんが、本事案が訴訟手続きではなく仮処分手続きであり、Xの請求の合理性判断に必要な部分だけ判断すれば十分であること、これらの措置が②解雇回避努力義務の履行として十分かどうか、という評価にかかわる微妙な判断をわざわざ示す必要が無かったこと、等の事情を考慮すれば、②解雇回避努力義務に関し、Yがそれなりに努力していたことを事実認定として指摘したにとどめた、と評価できるでしょう。Yの努力について、比較的好意的に見えますが、それが十分だったかどうかについての断定的な評価は避けられているように思われます。
 次に④解雇手続きの相当性については、従業員を集めたミーティングで、人員削減の必要性に言及したものの、その規模や人選基準などが説明されていないこと、希望退職者を募っていないこと、解雇対象者からの意見聴取が無かったこと、等を指摘して、「直ちに解雇予告をしたことは拙速といわざるを得ず、本件解雇の手続は相当性を欠く」と評価しています。
 最後に③解雇対象者選定の合理性については、上記ミーティングの際に高速バス運転手として働く意思を表明しなかったことが主な理由とされたこと、しかし、高速バス運転手となることが必要である説明が不十分であったこと、意向確認が突然であったこと、高速バスの場合は勤務形態が大きく異なり家族の生活にも影響があること、したがってミーティングの場で挙手しなかったことをもって高速バス運転手となる意思が一切なかったと即断するのは合理的でないこと、を理由としています。Yとしては、高速バス運転手を希望しなかった者の中から、過去に問題を起こしたことがあるか、退職届を出したことがあるか、などの観点から解雇者を決定していましたが、そのことの合理性については言及していません。
 このように見ると、本決定(「判決」ではない)は、給与の仮払いという判断の緊急性が求められる状況で、会社の判断内容自体の合理性よりも、手続、特に従業員の意思確認のプロセスの合理性の評価を中心に行い、プロセスが不合理であることを主な理由にしていることが分かります。②について明言を避け、③については(④と重複するようにも見える)プロセスの合理性についてだけしか判断を示していないからです。

2.実務上のポイント
 本決定は、給与の仮払いに関する緊急的な判断ですから、実際に給与が支払われるべきかどうか、その前提として整理解雇が有効であるかどうかについては、訴訟で慎重に審理されることになるでしょう。その際は、プロセスの合理性だけでなく、Yの判断の内容それ自体の合理性(上記②③)についても裁判所の評価が示されることになると思われます。
 しかし、コロナ禍での経営環境の急激な変化という緊急事態下での対応とは言え、従業員を整理解雇する場合のプロセスについて、相当の合理性が無ければ会社の責任が認められることが示された点は、コロナ禍での整理解雇等の際に会社として配慮しなければならない重要な問題である、ということに注意が必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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