労働判例を読む#283

【野村不動産アーバンネット事件】(東地判R2.2.27労判1238.74)
(2021/8/12初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、営業成績によって支給金額が決まる営業成績給を受給していた営業社員Xが、会社Yの人事制度の改正によってこれを受給できなくなったことは違法であるとして、それによって減給した差額の支払いを請求した事案です。裁判所はXの請求を全て否定しました。

1.判断枠組み
 ここで裁判所は、労契法10条に示された判断枠組みをそのまま忠実に用いています。
 すなわち、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤変更後の就業規則を労働者に周知させたこと、⑥その他の事情の6つです。
 労働法のルールには、「合理性」「更新の期待」「濫用」等、抽象的で漠然とした概念が多く、それをそのまま事案に当てはめようとしてもよく分からなくなります。そこで、多くの裁判例はこの抽象的で漠然とした概念に該当すべき事情を、この①~⑥のような判断枠組みを示して整理し、評価する方法をとります。
 この労契法10条は、判例が一般的に用いてきた判断枠組みを明文化したものと評価できます。裁判例が一般的に用いる判断枠組みの特徴のいくつかを備えているからです。
 1つ目の特徴は、「天秤」の図です。
 これは、天秤の一方の皿に従業員側の事情、他方の皿に会社側の事情を載せ、両者をつなぐ棒の支点部分にその他の事情、特にプロセスです。上記①~⑥をこの観点から整理すると、従業員側の事情として①、会社側の事情として②③、その他の事情(プロセス)として④⑤⑥、がこれに該当します。
 天秤の図をイメージすれば、多くの労働事件の判断枠組みについて大きく外すことはないのです。
 2つ目の特徴は、必要性と相当性です。
 ここでは、特に会社側の事情を必要性と相当性に分類しています。また、ハラスメントに関する判断枠組みとしてもこの必要性と相当性が採用されています(労働施策推進法30条の2)。必要性と相当性の判断枠組みは、この判断枠組みが示されていない場面でも広く用いられており、非常に使い勝手の良い判断枠組みであることがわかります。

2.従業員の不利益
 ここで特に注目されるのが、Xの不利益です。
 裁判所は一方で、手取りが10%も減ったことからXの不利益は小さくない、と一定の理解を示しています。
 けれども他方で、Yの総人件費を減らす目的ではなく、実際に総人件費も毎年増加していること、給与の変動が減って安定的に受給できること、その後の努力と成果次第では減給分を減らしたり無くしたりできること、なども指摘しています。
 このように、制度変更に伴い不利益を受ける従業員が出ても、全体として見れば配分方法が変わっただけで、本人の努力と成果次第では、一時的な減少も取り戻せるという、人事制度の構造的な検討を行う裁判例は、特に会社側の制度変更の効力を認める場合に多く見かけます。

3.実務上のポイント
 Yは、9種類の職種があったところ、3種類の職種に整理して従業員の不公平感を解消し、定着率を高めたいという意図がありました。人件費削減目的ではなく、会社の人事政策として至極まっとうな目的であり、そのことが実際の数値や丁寧な検証によって十分検討されていることがよく理解できます。
 他方、人事制度の変更の合理性が否定される場合に多いのが、制度の合理性を十分緻密に検討していない事案や、人事制度の改革という建前よりも人件費削減という本音が見え隠れし、しかし従業員への説明プロセスなどが不十分な事案です。
 人件費削減という要素がない本件事案ですら、給与制度の変更に相当の合理性が求められます。したがって、会社経営の困難な時期に人件費削減を伴う給与制度の変更を行う場合には、より高度な合理性が必要となるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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