労働判例を読む#242

【アクサ生命保険事件】東地判R2.6.10労判1230.71
(2021.3.25初掲載)

 この事案は、女性管理職者Xが、育児のために4時までの時短勤務をしていた女性部下Aに対し、その帰宅後の7時~8時、ときには11時頃に、電話で業務報告を指示するなどしていた行為について、パワハラを理由に戒告処分(懲戒処分)をしたことの有効性と、逆にX自身が長時間労働していたことに対する損害賠償請求が争われた事案で、裁判所は、懲戒処分は有効としつつ、長時間労働については慰謝料として10万円の支払いを命じました。

1.懲戒処分
 裁判所は、上記のような態様や頻度での業務報告の徴求はパワハラに該当すると認定しました。注目されるのは、この「パワハラ」の定義規程は、今回制定された雇用施策総合推進法の30条の2で定められた「パワハラ」とほぼ同様の内容(国会審議中に修正される前の、法案段階の表現に非常に近い)であり、新たな定義規程の下でも同様の評価がされる可能性が高い、という点です。
 具体的にどのような事情がどのように重く評価されたのか、評価の過程は示されていませんが、時短勤務を認めておきながら、その私生活に入り込んで、しかも時には深夜に電話で業務上の指示を出していた行為について、「必要性」が本当にあったのか疑わしいだけでなく、その方法としても、例えば翌日の報告で良しとし、また当日の提出を求めるにしても帰宅前に指示し、都合の良い時間を見て作業できるように配慮するなどの、より適切な方法があったでしょうから「相当性」もなかった、ということになるのだろうと思われます。
 成立した法案で明記された「必要性」「相当性」の判断枠組みを使っていないため、その点は参考にしにくいですが、結果的にこの程度のストレスをかけることがパワハラと評価されるレベルに達している、というレベル感を知るうえで参考になるのです。

2.長時間労働
 長時間労働については、Xの健康被害などが認定されていないけれども、会社Yの責任が認められています。
 これは、数年間にわたりほぼ毎月、月90時間以上、多い月には月150時間以上(7か月)勤務した従業員に対し、健康被害が発生していなくても損害賠償責任を認めた事案(#173の「狩野ジャパン事件」長崎地大村支判R1.9.26労判1217.56)もあるとおり、たまたま健康を害さなかったのが幸いなだけで、過酷な長時間勤務をさせた会社の責任は免れない、という判断は合理的です。
 ただ、狩野ジャパン事件に比較すると、Xの残業時間(30~50時間/月)や期間(約2年?)はいずれもその程度が小さく、本当に損害賠償責任を認めるべきレベルなのかどうかについては、異論も出されるでしょう。

3.実務上のポイント
 実態は明らかでありませんが、時短勤務社員Aの帰宅後に自宅に業務指示を頻繁に出していた状況などを見ると、Xが管理職者としての能力を十分備えていたのかどうか、問題があったのかもしれません。そうであれば、Aに対する業務指示の出し方を改めさせるなどの教育指導や、それでも改善されない場合にはXを管理職者から外すなどの処置を取ることこそが、Yに求められたことかもしれません。もちろん、その場合でもXに成長してもらいたいという期待から機会を与えることは、ある程度のところまでは合理的ですが、Aが結局退職してしまったことなども考慮すれば、会社として取るべき方策が他になかったのかという労務管理上の問題として学ぶべきポイントがあるように思われます。


※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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