労働判例を読む#227

【フジ住宅ほか事件】大阪地裁堺支部R2.7.2判決(労判1227.38)
(2021.2.5初掲載)

 この事案は、会社Yの経営者が、①右翼的排他的な内容の配布物の配布、②イベント参加の勧誘、③Xによる本件訴訟提起を非難する配布物の配布、を行ったため、これに不満を持つ在日外国人の従業員Xが、差別などを理由に損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Xの請求を概ね認めました。

1.労基法3条

(均等待遇)

第三条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

 これまであまり意識されなかったかもしれないルールですが、今後、社会的に多様性が増すことはあっても減ることはないでしょうから、今後重要性が増していくルールです。

 この事案で裁判所は、憲法や人種差別撤廃条約の規定が、XY間で直接適用されない、としつつ、❶(①について)直接の侵害行為の有無と、❷(①~③について)差別的取扱いを受けない人格的利益(労基法3条)の侵害行為の有無を問題にしました。

 このうち、❶は否定しました。(少なくとも①は)X個人を攻撃していないからです。

 けれども、❷は肯定しました。

 まず、判断枠組みです。

 ここでは、実際に差別的取扱いを受けた場合だけでなく、差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれ(≒差別的取扱いを受けるのではないかという危惧感を抱く場合、≒内心の静穏な感情に対する介入)があり、その態様・程度が社会的に許容できる限度を超えている場合に、違法になるとしました(①②)。

 これを判断すべき具体的な判断枠組みとして、「配布の目的や必要性(当該企業の設立目的や業務遂行との関連性)、配布物の内容や量、配布方法等の配布態様、受講の任意性(労働者における受領拒絶の可否やその容易性)やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情」を「総合的に判断」すると示しました(①)。

 また、③の判断枠組みは明確ではありませんが、裁判を受ける権利の抑圧(報復、孤立化)、自由な人間関係を形成する自由の侵害、名誉感情の侵害の3点が違法性の根拠として指摘されています。

 次に、事実認定・あてはめです。

 裁判所は、①については、配布物の記載内容や同僚の反応など、②については、勧誘の頻度や内容など、③については、③と①②の関連性など、を詳細に認定し、いずれも違法性を認めています。

2.実務上のポイント

 デリケートで難しい論点について慎重に判断を示しているからでしょうか、判決全体の構成が分かりにくく、例えば①の判断枠組みも、繰り返し似たような、しかし厳密に見ると違う表現が、違った文脈で出てくるなど、簡単に整理できない状況です。ここでは、判断枠組みと事実認定を、上記のように整理したものの、裁判所の意向どおりに整理できていないかもしれません。控訴されていますので、2審で議論が整理されるでしょう。

 むしろ、ここでのポイントは、労基法3条に関し、差別的取扱いが実際に行われた場合だけでなく、差別的取扱いを受ける危険を感じる場合(判決で用いられた用語を合体させて整理した表現です)にまで、その適用範囲が広がっている点です。

 たしかに、従業員の憲法上の重要な人権と、会社の表現の自由・営業の自由の調整の問題ですから、実際に差別的取扱いが行われたかどうか、という結果だけで両者のバランスを取ることは難しい状況です。この観点から見た場合、例えば表現の自由と名誉棄損との関係を調整するために、表現内容が真実かどうか、という結果から見た評価だけでなく、(たとえ真実でなくても)真実と信ずべき合理性があったかどうか、という行為時点から見た評価も行われるのと同様、この事案でも、行為時点からみた評価があるべきで、その要素として、「差別的取扱いを受ける危険を感じる場合」が判断枠組みとして設定された、と評価できそうです。

 つまり、結果的に、個人攻撃ではない、差別的取扱いをしていない、差別的な不利益が生じていない、などと言うだけでなく、そのような疑いを抱かれないような労務管理が重要です。ここでは、従業員の国籍が問題になりましたが、男女などの性別、宗教、支持政党、趣味、世代など、人々の多様な意見が表面化し、トラブルになる可能性は、今後ますます高まります。

 会社としては、結果として多様性が害されなければいい、と考えるのではなく、多様性に対して否定的であると疑われること自体も避けるような配慮が必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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