労働判例を読む#286

【サンセイほか事件】(東高判R3.1.21労判1239.28)
(2021/8/19初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、清算した会社Yの従業員KがYの清算前に脳出血を発症して死亡したことから、Yとその役員ら個人に対して、Kの遺族が損害賠償を請求した事案です。1審2審共にYの責任を認めたほか、2審はこれに加えてKの上司だった役員個人の責任も認めました。
 ここでは、清算会社の清算前の責任に関する問題は検討せず、健康配慮義務に関する問題を中心に検討します。

1.Kの基礎疾患①(因果関係)
 従業員側に基礎疾患がある場合の業務と傷病との間の因果関係について、どのような判断枠組みになるのか、細かいことかもしれませんが確認しておきましょう。これは、精神疾患の場合と、本事案のような脳・心臓疾患の場合で異なる場面です。
 たしかに、いずれも厚労省の作成した「判断基準」が基本的な判断枠組みとなる点で共通します。
 けれども、精神疾患に関する「判断基準」と、脳・心臓疾患に関する「判断基準」は、もともと従業員の健康に問題のある場合の判断枠組みが異なります。
 まず精神疾患の場合には、既に発病している精神疾患が悪化した場合の因果関係が問題になりますが、ここでは単なる業務上の負荷では足りず、「特別な出来事」に分類される特に重い負荷があったことと、それによって6か月以内に自然経過を著しく超えて悪化したことの2つが判断枠組みなる、とされています。
 これに対して脳・心臓疾患の場合には、脳・心臓疾患が既に発症していたかどうかで区別されず、もともと本人がもっている動脈硬化等による血管病変・動脈瘤・心筋変性等の基礎的病態を前提に、それぞれの程度に応じて判断します。すなわち、業務上の負荷により、この基礎的病態等をその自然経過を超えて著しく憎悪させ得ることの2つが判断枠組みになる、とされています。
 すなわち、「自然的経過」を著しく超えて悪化させる、という点は共通ですが、脳・心臓疾患の場合には他の因果関係の判断と同様に単なる「業務上の負荷」で足りるのに対し、精神疾患の場合には「特別な出来事」と6か月以内の悪化が必要となり、因果関係の認定がそれだけ厳しくなっているのです。
 この事案は脳の疾患について、上記の判断枠組みが適用されました。Kには、高血圧という基礎疾患がありましたが、残業時間の長さなどを考慮して因果関係が肯定されました。

2.Kの基礎疾患(損害賠償金の減額)
 けれども、裁判所はKに高血圧の基礎疾患があることに加え、病院を受診していないこと、家族に病院を受診していると嘘をついていたこと、脳出血によくない飲酒を発症時点まで継続していたこと、を理由にKの側にも原因があるとして、損害賠償金を減額しました。
 減額の大きさは、1審が7割であるのに対して2審が5割でした。そこで、この両者の違いが問題になります。
 2審はこの点について、「自らの仕事を割り振らずに抱え込んでいたことがあるとしても、・・・職務に熱心な労働者が存在することも考慮した職場環境を構築すべきだから」と説明しています。
 この説明は、いわゆる電通事件の最高裁判決が、仕事熱心な従業員が仕事を抱え込んでいた点を減額の根拠にしてはいけない、と判断した内容と共通するものです。従業員側の事情と言っても、従業員の個性として当然想定される範囲内であれば減額することはできない、という判断は、損害賠償金を減額する際の1つの判断枠組みになっていると評価できるでしょう。

3.上司の個人責任
 次に注目されるのは、2審が上司の個人責任を認めた点です。
 上司の責任は過失責任であり、過失の要件である「予見義務違反」「回避義務違反」が必要となります。
 このうち予見義務については、厚労省の「判断基準」で示されたいくつかの判断枠組みのうち、長時間労働が過労死の原因になるとしている点を指摘し、そこで示された長時間労働に該当していたのだから、上司は当然に過労死の危険を認識していたと評価しました。「判断基準」は、本来、仕事の負荷と傷病との間の因果関係に関するものですが、このように過失の認定の際にも参考にされるのです。
 次に回避義務については、残業を減らすように声をかけ、仕事を少し手伝うなどの「一般的な対応にとどまり」、具体的な措置を講じなかったと評価しました。長時間労働は、単に労災認定の基準として機能するだけでなく、会社や上司に真剣な対策を要求する行為規範としても機能するのです。

4.実務上のポイント
 従業員側に7割又は5割の責任があっても、会社の責任は認められます。「予見義務」「回避義務」は、本来、相手の責任が大きい場合には発生しないと解することができるはずです(こっちが予見したり回避したりするのではなく、相手が予見したり回避したりすべきだから)。けれども、交通事故の事案ではこちら側の過失が1割であっても、責任は発生します。このように、「予見義務」「回避義務」のハードルは、会社にとってどんどん低くなっていき、責任を認められる範囲が広がっていきます(その分、責任の金額が小さい場面も多くなる)。
 実際に従業員を管理する立場から見ると、従業員自身の健康管理に問題があったとしても、それは損害賠償金を減額する要素にはなっても、責任を全て否定する要素にはならない、と評価できます。すなわち、従業員自身の健康管理に問題があったとしても、会社や上司は従業員の健康に対して相応の注意と配慮をはらう必要があるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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