労働判例を読む#67

【学校法人名古屋カトリック学園事件】名地岡崎支判H30.3.13労判1191.64
(2019.5.30初掲載)

この事件は、幼稚園の園長が教員達と対立した事案で、事態が収拾しなかったことから、園長に自主退職を促したものの、園長がこれに従わなかったことから、懲戒解雇としたため、園長が労働契約の存在などを求めて訴訟を提起したものです。裁判所は、契約期間については園長の請求を否定したものの、懲戒解雇が無効であることについては、園長の請求を認めました。
ここでは、特に懲戒解雇の有効性について、検討します。

1.証拠の評価
ここでは、園長と対立する教員達の証言などが、学園側の重要な証拠となります。すなわち、園長が教員達に対し感情的に接し、越権行為や専断的な行為を行っている、という様々なエピソードがそこで述べられているのです。
そして、実際に数多くの教員達が嘆願書を作成し、学園の理事に送付するなどの混乱をきたしていることに照らせば、教員達の証言内容にも、相当程度の合理性がある、と評価される余地もありそうです。実際、このような混乱状態を作り出した責任の一部は園長にもあるとして、園長の学園に対する精神的苦痛に対する慰謝料の支払請求を否定する根拠の一つとされています。
けれども、懲戒解雇の判断に際しては、この点は考慮されていません。
むしろ、懲戒解雇の判断に際しては、園長と対立する当事者である教員達の証言には客観性が足りない、という趣旨の評価を加えているのです。この議論を敷衍していくと、実際に園長と教員達が対立していた、という事実からそれまでの経緯が推定されることはなく、中立的な立場の証言や、録音などの客観的証拠がなければ、懲戒解雇の有効性を証明できない(非常に難しくなる)、と評価できそうです。
このように、園長と教員達が対立していたという事実が、慰謝料の点では考慮され、懲戒解雇の点では考慮されない、という違いはどこから来るのでしょうか。
この点、例えば、懲戒解雇の場合は、園長の悪質性が極めて高い必要があるのに対し、慰謝料の場合には学園側の悪質性の問題を判断するのが主目的であり、園長の悪質性はそれに間接的に影響するだけであって、必要な悪質性の程度も低くなる、と整理することもできるように思われます。
すなわち、別の見方をすると、懲戒解雇の場合には園長自身の行為の悪質性が、「絶対的評価」として問題になるのに対し、慰謝料の場合の園長の行為の悪質性は、学園側の行為の悪質性との相関関係により、つまり「相対的評価」として問題になる、という見方もできるように思われます。

2.実務上のポイント
このように、従業員の生活基盤を奪うだけでなく、「懲戒」という不名誉も与えることの重要性から、従業員の行為の悪質性の立証は慎重に検証しなければなりません。
ところで、最近の学校での懲戒処分が争われる事案の中で、「自主退職を促す」→「これに従わない」→「懲戒解雇」というプロセスを踏む事例が散見されます。
このプロセスが、学校での懲戒処分のスタンダードなのかどうかはわかりませんが、プロセスの背景には、自主退職を促すことで、それなりに機会を与えたから、懲戒事由としてその分が加算される、という発想があるのかもしれません。
しかし、少なくともこの裁判例の中では、このようなプロセスを経たことを全く評価していません。
この点をみると、「自主退職を促す」→「これに従わない」→「懲戒解雇」というプロセスには、実際の訴訟を考えた場合、それほどの合理性は無いように思われます。むしろ、自主退職を一応促した、ということが言い訳やアリバイのようになり、不当な懲戒解雇に繋がる危険もあるでしょう。
自主退職と懲戒解雇の間のギャップの大きさを考えれば、せめて通常解雇にするか、降格などの一段軽い処分にして、再チャレンジの機会を実質的にも保障する、等の対応をする方が、より現実的な場合が多いように思われます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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