労働判例を読む#303

今日の労働判例
【科学飼料研究所事件】(神地判R3.3.22労判1242.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 本事案は、いわゆる正社員(会社での呼称は一般職コース社員)と処遇の異なる有期契約者や無期契約者であるXらが、会社Yに対して、処遇の違いが違法であると主張した事案です。裁判所は、有期契約者X1らの請求の一部は認めましたが、無期契約者X2らの請求は全て否定しました。
 ここでは、先にX1らに関する判断から先に検討します。

1.比較対象者
 同一労働同一賃金に関する最高裁判決は、有期契約者の処遇や条件と比較する対象となる無期契約者の範囲は、原則として原告となる有期契約者が決定するとしていました。
 この事案でもXらは、無期契約者の一部に比較対象を絞り込んで比較するように求めました。
 しかし裁判所は、比較対象の絞り込みが適切ではないとして、絞り込まない、より広い範囲の無期契約者のグループを比較対象としました。
 会社側としては、従業員による比較対象範囲の指定が合理的でないことを説明できればこれを覆す可能性のあることが示されました。

2.判断枠組み
 裁判所は、旧労契法20条(パート法8条)の定める3つの要素について、正社員との間に相違があるかどうかを検討します。すなわち、①職務の内容、②変更の範囲、③その他です。この3つの要素ごとに、Xらと正社員との間に相違があるかどうかが詳細に比較検討されました。
 ここでは特に、③についてはその中でさらに3つの要素に注目しています。すなわち、人材活用の方法の違い(正社員は、目標設定や人事考課を受けなければならず、成長することが期待されている、など)、賃金体系の違い(有期契約者は年俸契約であり、その内訳が特に明示されていないのに対して、正社員の基本給は年齢給・職能給・調整給から構成されている)、登用制度の存在(有期契約者から正社員になる機会があった)の3つの要素です。
 そして、①~③についての相違点を明確にした後に、Xらが不当と主張する手当や制度について、不当かどうかが検討されています。裁判所は、①~③について正社員と有期契約者の間にどのような相違があるのかを丁寧に検討しています。けれども、この段階ではまだ結論が示されません。
 すなわち、❶賞与、❷家族手当・住居手当、❸昼食手当について、それぞれ正社員にだけ支給することの合理性が検討されました。先に、正社員と有期契約者の違いを明確にしておいて、次に、それぞれの手当や制度の違いの合理性を一つずつ検証する、という判断構造が採用されたのです。
 そして、❶~❸を個別に検証する際の判断枠組みは、1つ目は、手当や制度の趣旨が何であるのか(会社の主張する名目ではなく、実際の運用状況に照らした実質)、2つ目は、その趣旨に照らして正社員と有期契約者に違いを設けることが合理的かどうか、という2段階での判断です。

3.正社員確保論
 ここで特に注目される1つ目のポイントは、正社員確保論です。すなわち、正社員を確保・維持するために正社員にだけ特定の手当や制度が適用されることの合理性です。
 同一労働同一賃金に関する最高裁判決のいくつかが、この合理性を認め、正社員確保論を合理性の根拠の一つとして適用していますが、このような抽象的な趣旨を認めてしまえば、どのような差異を設けても合理的になってしまう、等の批判もあるところです。
 けれども、本判決はこの正社員確保論(厳密には、一般職コース社員の確保)の合理性を認めました。この正社員確保論を有力な根拠の一つとして、❶賞与の違いを合理的と評価しました。権限や責任が重く、しかも長期間勤務して会社により大きく貢献してもらうことを期待している正社員については、給与制度自体が異なることが多く、本事案も同様です。正社員確保論を否定することは、広く採用されている給与制度の違いの多くを否定することにもなってしまい、会社の人事政策の裁量の範囲を大幅に制約してしまいます。
 これに対して、❷家族手当・住居手当については、正社員確保論の適用を否定しました。正社員であっても転勤は予定されておらず、正社員だけにこれら手当が必要とは言えないからです。
 このように正社員確保論も、決して抽象的な理由ではなく、正社員確保の趣旨に合わない制度の場合には合理性を否定することになります。正社員確保論は、抽象的な理由で何でも合理的と評価できてしまう、会社の言い分を正当化する口実に過ぎない、等の批判は、少なくとも本判決の場合には当てはまらないことになるでしょう。
 とはいうものの、正社員確保論が単なる口実になってしまうと合理性が認められない場合のあることが示されたのですから、会社としては、人事政策と給与制度にキチンと反映されていることを対外的に説明できるかどうか、検証するべきでしょう。

4.個別判断の例外
 2つ目のポイントは、最高裁判決により、問題となっている手当や制度をそれぞれ個別に比較検討するのが原則ルールとされている中で、本判決は他の手当や制度も考慮して合理性を判断している点です。
 すなわち、❶賞与については、正社員と有期契約者の賃金体系自体が異なることや、正社員だけが賞与をもらえる代わりに基本給が低く抑えられていることが指摘され、これらが合理性の積極的な事情とされています。
 また、➋家族手当・住居手当については、定年後再雇用者の給与に関して基本月額が引き下げられているのに、家族手当・住居手当に代わるものが支給されていない点をしてきして、合理性の消極的な事情としています。家族手当・住居手当も、基本給と組み合わせて合理性が評価されているのです。
 さらに、❸昼食手当についても、賞与と同様に基本給が低いことを補う意味があることが指摘され、これらが合理性の積極的な事情とされています。
 このように、個別に比較検討するといっても、他の手当や制度との関係によっては、合わせて考慮することも行われる点が注目されます。特に、基本給と合わせて、給与制度全体の制度設計や実際の手取り額の水準などが考慮されており、会社が従業員の処遇に頭を悩ませているところについて、裁判所も一定の理解を示している様子がうかがわれます。

5.無期契約者と正社員の対比
 X2らの処遇と正社員の処遇との違いは、無期契約者同士の問題であり、旧労契法20条の直接の適用はありません。けれども、例えば同じ無期契約者であっても、有期契約者が5年以上契約行使した結果無期転換し、有期契約者と同じ条件のまま契約期間だけ無期になったような場合もあり、そのような場合には、有期契約者であれば正社員との処遇の違いが不合理とされるのに、無期転換した結果、処遇の違いが合理的、となってしまいます。
 このことを考えると、旧労契法20条の類推適用などによって同様に評価すべきである、というX2らの主張も理解できます。
 けれども裁判所は、一般論として、更新拒絶の恐れの有無の違いがあるから類推適用できない、としました。さらに本事案固有の問題として、金額や無期契約締結の経緯などを詳細に検討し、一定の合理性がある、という評価も行っています。後者の評価は、制度上の一般論だけで終わらせるのではなく、本事案固有の問題を考慮したとしても合理性が認められる、と言うものですから、裁判所としては念のために合理性を補強する根拠としたものと思われます。
 しかし本判決を先例として見た場合、一般論として、無期契約者同士の処遇の違いに同一労働同一賃金の問題が発生しない、ということになるのか、それともそれぞれの事案ごとにそれなりの合理性が必要である(この意味で、同一労働同一賃金と同様の検討が必要である)ということになるのか、よくわからない状況になっています。

6.実務上のポイント
 新しい問題ではありませんが、手当や制度の違いの趣旨の認定について、注目すべき点があります。
 それは、➋家族手当・住居手当です。
 家族手当や住居手当については、多くの裁判例で、転勤などがある正社員の②(勤務場所などの)変更の範囲が異なることから、転勤の可能性によって自宅を購入しにくく借家住まいになる場合の家賃を補助する必要がある、等の理由から、正社員の確保・維持という趣旨を認定しています。
 けれども本判決では、実際には正社員(Xらの比較対象となった一般職コース社員)も転職が予定されていないことを重視し、家族手当・住居手当の趣旨を、正社員の確保・維持ではなく、従業員の生活費補助である、と認定しています。
 手当や制度の趣旨は、会社が主張する建前どおりに認定されるとは限らない、実態に応じた合理的な理由を裁判所が認定する、というルールが、本事案で確認されたことになります。会社としては、有期契約者と無期契約者で異なる手当や制度に関し、自分たちが思っている趣旨と違う趣旨に評価されることがないか、運用の実態まで含めて確認する必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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