労働判例を読む#68

【テクノマセマティカル事件】東地判H29.2.24労判1191.84

この事件は、人事考課の無効と、それを前提とした減給や配転の無効、さらに業務上のストレスを原因とするうつ病についての損害賠償請求が求められた事案です。この訴訟に先立ち、労基は労災認定をしましたが、この訴訟で裁判所は、人事考課、減給、配転が無効でないと判断し、さらに、うつ病についての損害賠償請求を否定しました。

1.人事考課、減給、配転の有効性判断
この点で特に注目されるのは、人事考課、減給、配転に合理的な根拠があるのか、という点です。
裁判所は、この従業員が与えられた業務を十分こなせていなかった事実を認定し、期待していた重要なシステム開発業務を任せられずに、低い人事考課、減給、配転に至った経緯を詳細に認定しています。
このことから、実務上、人事権行使の有効性を確保するうえで、具体的な事実に基づく人事考課が極めて重要であることがわかります。

2.労災認定
この点で、裁判所が労基と反対の判断をした主なポイントは、①労働時間について、突発的な長時間があっても、全体として厚労省のガイドラインの基準を下回る点等を確認し、②減給、配転などのストレスも、これらの人事処分に合理性がある点を強調して、大きく評価できない、という点にあります。
特に注目されるのは、②の人事処分の合理性が、業務上のストレスかどうかの判断に影響を与えている点でしょう。受けたストレス自体の大きさだけであれば、純粋に事実の問題と言えるでしょうが、そのストレスが違法な人事処分かそうでないかを問題にするのですから、「業務上」「因果関係」の認定には、規範的な要素が含まれることになります。これに対しては、ストレス自体に適法も違法もないのだから、規範的な要素が含まれることに違和感を覚える人がいるかもしれません。
しかし、これは結局のところ、会社の過失(義務違反)とうつ病が結びつくかどうかの判断であり、そもそも会社に過失がなければ、結び付けようもなくなりますから、規範的な評価が伴うことは構造的に当然でしょう。因果関係の有無は「相当」因果関係による、と言われているように、「社会的な」相当性が必要ですから、規範的な要素が当然含まれるのです。このことから、過失自体の評価と因果関係の評価が重なってくることになり、両者の関係を整理しようという問題提起もされていますが、現在のところ、この裁判例のように過失の問題とも思われる事情が、因果関係の段階で考慮される場合があるのです。

3.実務上のポイント
結局のところ、人事考課が事実に基づいて客観的合理的に行われていた、という点の裁判所の評価が、他の全ての論点の判断の根源となっています。
この事案のように、マネージャーでなくプレーヤーであり、人事考課の前提となる「目標」も具体的に定められる場合であれば、人事考課の評価も、目標の達成度によって具体的に示しやすくなりますが、マネージャーのように裁量範囲が広い場合の人事考課の場合には、達成度を具体的に証明することが難しくなります。
例えば具体的なプロジェクトなどの達成を目標にしたとしても、プロジェクトの内容変更や、そもそもプロジェクトを実施するかどうかの判断まですべき立場にあれば、目標の達成度を測ることが難しくなります。
期待される水準の業務を行ったかどうかを測定する方法は、人事制度の永遠の課題ですが、常にその方法を模索し、改善していくことが重要となります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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