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労働判例を読む#411

今日の労働判例
【学究社(年俸減額)事件】(東京地判R4.2.8労判1265.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、年俸制で働く学習塾の講師2名Xらが、年俸の減額を無効と主張して、差額の支払いなどを会社Yに対し求めた事案です。裁判所は、Xらの請求を一部認めました。

1.令和1年度の減給の違法性
 年俸額の決め方について、裁判所の示したルールが注目されます。
 裁判所は、一般論として会社の裁量について言及しておらず、このYの状況下での裁量の有無について、検討し、判断が示されています。そして、令和1年度のルールと、令和2年度のルールが異なるため、それぞれ別に検討されています。
 まず、令和1年度の減給の違法性です。
 そして、平成30年度の年俸を合意する際に、①部門配賦後の営業利益、②能力・態度に関する評価、③目標達成の程度に基づいて定まる「昇給率」で年俸が定まることも合意されているとして、「昇給率」による減給の可能性も認めました。ここでは、減給の可能性も明確に示されていたことから、減給の可能性が認められることについて、特に問題はないでしょう。
 けれども実際の減給については、無効と判断しています。
 それは、①労基法15条、89条、労契法3条の趣旨から、無限定の裁量を与えることはできないこと、②この規定は、Yに昇給率を定める権限を与える趣旨と解されること、③「昇給率」に関して、抽象的な考慮要素を挙げるだけで、具体的・客観的・合理的な基準が定められていないこと、が理由とされています。ここでは、判例の述べる順番や表現を一部整理していますが、特に③は、具体的・客観的・合理的な基準が無ければ、無限定の裁量を与えたと評価できる、ということを意味すると思われます。
 この判断を逆に見ると、年俸額の決定は、抽象的な基準に基づく場合には無効となる可能性があり、年俸額を決める基準は、具体的・客観的・合理的でなければならない、と言えそうです。

2.令和2年度の減給の違法性
 次に、令和2年度の減給の違法性です。
 ここでは、利益の額や変化率などの会計上の数字に基づき機械的に年俸金額が定まる計算方法によって、年俸が定まることとなり、したがってこの年度の減給は有効である、とYは主張しました。この基準を見ると、たしかに人事評価など、評価者の判断が含まれる指標や数値は一切含まれておらず、会計上の数値だけで機械的に年俸が計算されますから、上記③の条件を満たすように見えます。Yもこのことを意識しているのか、この新しい判定方法のことを「年俸改定機会判定の算出方法」と称しています。
 けれども裁判所は、ここでも減給を無効と判断しています。
 それは、この計算方法が開示されたのは年俸が決まった後なので、XらとYの間に、この計算方法に基づくとの合意があったとは認められない、というのが理由です。
 この判断を逆に見ると、年俸額の決定基準につき、その内容が従業員に事前に示され、同意されていることが必要である、と言えそうです。さらに言えば、Yがこの計算方法を事前にXらに示して同意をもらっていれば、令和2年度の減給は適法とされた可能性が高い、と言えるでしょう。

3.実務上のポイント
 とは言うものの、Yのような機械的な給与決定方式を採用することは、多くの会社にとって現実的でなく、極めて困難でしょう。人事考課は、従業員のやる気や成長意欲を高め、求心力を高め、その後の成長を促すために活用されるべきものであって、仕事への適性、周囲との協調性、潜在的な能力など、数値化が困難な要素も評価に組み入れるのが一般的だからです。
 事前の同意の部分は、段取りの拙さの問題であり、克服することは難しくありませんが、このような人事考課の特性を考えた場合、上記③の具体的・客観的・合理的な基準をどのように定めればいいのか、会社は常に人事考課の在り方を検証し、改善を重ね続けなければならない、と言えそうです。
 また、ここでは年俸額が問題になりましたが、給与額の定め方やその基準の在り方が問題になっていて、本事案固有の事情が判断に影響しないような判断がされていますので、ここで示された考え方は、年俸制以外の給与体系の場合にも当てはめやすい構造になっています。会社の人事考課が本判決の示した判断の下でも有効と評価されるかどうか、確認してみてはいかがでしょうか。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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