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労働判例を読む#150(有料解説動画付)

「大島産業ほか(第2)事件」福岡高裁R1.6.27判決(労判1212.5)
(2020.4.30初掲載)

 この事案は、元長距離トラック運転手Xらが、運送会社Yに対して、賃金等の不払いを理由にその支払いなどを請求したところ、Yは、①実際の勤務時間はXら主張の勤務時間よりも短い、②就業規則と異なる賃金ルールが合意されていた、③深夜残業代が固定残業代として支払われていた、④退職積立金や損害賠償金などの様々な費目を賃金から控除した、⑤賃確法の適用がない、などと争った事案です。
 裁判所は、Xらの請求のかなりの部分を認めました。

1.①実際の勤務時間

 勤務時間の認定は、現実に「指揮命令下」で働いていた時間を認定するのが、裁判例の傾向です。例えば、タイムカードの管理が雑な会社の事務作業中心の従業員の場合には、パソコンのオンオフや、社内ネットワークへのアクセス・退出の時間が参考にされます。
 この裁判例も同様です。すなわち、トラックのエンジンの回転数を記録するタコメーターの記録によりトラックが走行していたかどうかがわかりますが、トラックが走行していたかどうかによって、休憩時間に実際に休憩していたかどうかが評価されています。これがタクシーであれば、お昼を食べにタクシーを運転することもあるかもしれませんが、トラックの場合には気楽に食事をしにトラックを運転することは考えにくいのでしょうか。裁判所も割り切っているのか、トラックが走行している時間は、記録上休憩時間となっていても、休憩時間とは認めない判断を示しています。
 他方、運行の合間にトラックの点検を命じられていた、とするXらの主張に対し、そのような指示はなかった、として勤務時間に含めませんでした。もしかしたら、Xらは実際にトラックの点検をしていたかもしれませんが、裁判所は実際に点検をしていたかどうかを検証していません。上記のように、トラックが走行していたかどうかについては、タコメーターを使って細かく検証しているのに比較すると、一貫していないようにも見えます。
 そこで、評価方法の違いが問題になりますが、1つの考え方として、トラックの点検については、業務として指示されたかどうか、つまり「指揮命令下」かどうか、が問題になっているから、実際に点検したかどうかを検証していない、と評価することができるように思います。例えば、会社(上司)が休日出勤を命じていないけれども、日曜日に会社に立ち寄って、メールや資料を整理し、1~2時間で帰宅した場合に、これを休日出勤と認めない裁判例があります。この時に行われた仕事は、平日の業務時間に対応しようと思えばできる程度のもので、休日にわざわざ処理する必要性が無いものであり、休日出勤の業務命令も出されていないからです。
 このように、勤務時間の認定について、実態を検証する方法(タコメーター)と、実態ではなく業務命令の有無だけを問題にする方法(点検)と、2つの方法が混在している点に、注意しましょう。

2.②賃金ルール

 Yは、就業規則制定当時は、長距離トラック運転手を想定しておらず、その実態に合わないルールが記載されている、などとして就業規則と異なるルールが適用されることを主張しました。
 けれども、裁判所は、就業規則を実態に合わせるべき会社が、就業規則が実態に合わないことを理由にその効力が無いことを主張するのは「禁反言の法理」に反する、仮にYの主張するルールが適用されるとしても、就業規則の「最低基準効」により、就業規則よりも低い条件のルールは無効である、としてYの主張を否定しました。
 労働条件を、特定の職種について変更する場合、就業規則を所定の手続きを踏んで変更すべきこと、等が教訓として導かれます。

3.③固定残業代

 この点について、裁判所は、割増賃金部分が判別できる必要がある、とする「高知県観光事件」(最高裁二小H6.6.13判決、労判653.12)を引用し、給与明細にそのような記載がないことを指摘し、さらに実際、深夜残業代などを検証していないなどとして、Yの主張を否定しました。
 固定残業代については、ルール自体もゆれ動いているような状況ですが、本事案は、ルールの限界が問題になるような微妙な事案ではなく、非常に簡単に処理されているようです。

4.④控除

 ここでの判断枠組みは、「シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件」(最高裁二小S48.1.19判決、民集27.1.27)の示した「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要」という判断枠組みです。
 これに沿って、この「自由な意思」「合理性」「客観性」が検証された結果、専務からの借入金の控除だけが有効と評価されました。しかも、多くの控除について、同意書面すらない、という理由で片付けられています。「合理性」という条件に付いて、自分にどのような不利益があり、しかしそれを上回る合理性がどのようにあるのかを理解していること、等のような判断を示す裁判例も見受けられますが、本事案は、この点でもルールの限界が問題になるような微妙な事案ではなく、したがって非常に簡単に処理されているようです。

5.⑤賃確法

 給与等の賃金が、退職時に支払われていないと、その部分について遅延利息の利率が14.6%になってしまいます。Yは、これについて、例外ルール(賃確法が適用されない場合)が適用される、すなわち、同法施行規則6条4号の定める「合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つていること」に該当する、と主張しました。
 しかし裁判所は、上記④と同様、合意文書すらないことを指摘し、「合理的な理由」がないと判断しました。ここでも、本事案はルールの限界が問題になるような微妙な事案ではなく、したがって非常に簡単に処理されているようです。

6.実務上のポイント

 雑な労務管理をしている場合に生じる、賃金不払いの紛争に関し、考えられる多数の論点が議論されました。
 会社の実務に対する教訓としていえることは、雑な労務管理をしない、という一言に尽きるでしょう。

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