労働判例を読む#285

【トールエクスプレスジャパン事件】(大高判R3.2.25労判1239.5)
(2021/8/18初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、基本給と歩合給からなる給与体系の会社Yの従業員Xらが、複雑な給与計算によって割増賃金(残業代など)が歩合給と相殺され、残業しても手取金が増えない給与制度が違法であると主張し、争った事案です。
 裁判所は、Xの主張を否定しました。

1.「国際自動車事件」最高裁判決との共通点
 似たような構造の給与体系に関し、「国際自動車事件」最高裁判決(最一判R2.3.30労判1220.5, 15, 19、「労働判例読本2021年版」336頁)は、従業員らの主張を認め、給与制度を違法としました。
 ところが、業績に応じて金額が決まる歩合給部分から割増賃金が控除されるため残業しても手取り金が増えない、という点では共通し、判断枠組みも同じです。
 すなわち、割増賃金のうち歩合給部分に含まれるものと含まれないものとの間に「判別可能性」が必要であるとしたうえで、「判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」と言及し、労働契約の記載、計算方法、賃金体系上の位置付け、などの「諸般の事情」を考慮して判断する、という判断枠組みが示されました。本判決(大阪高裁判決)は、後者の部分を特に「対価性」として「判別可能性」と別の判断枠組みとしていますが、内容的には同じです。

2.「国際自動車事件」最高裁判決との違い
 では、このような違いはなぜ生じたのでしょうか。
 特に注目される1つ目のポイントは、給与体系の構造の違いです。
 すなわち国際自動車の給与体系では、最終的な歩合給部分を計算する過程で、仮に計算された歩合給(対象額A)から、基本給に関する割増賃金と歩合給に関する割増賃金の合計額を控除しています(労判1239.8頁の解説と9頁の図は、誤解を招く表現となっています)。そのうえで最高裁は、控除によって歩合給の本体部分が支払われなくなる場合に、その歩合給に相当する割増賃金だけが支払われる事態が生じてしまう点を問題として指摘しています。そして、「これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。」と評価しています。
 これに対してトールエクスプレスの給与体系では、仮に計算された歩合給(賃金対象額)から基本給部分の割増賃金を控除して歩合給を計算して確定し(能率手当)、この確定した歩合給(能率手当)を基礎に歩合給部分の割増賃金を計算します。そのうえで大阪高裁は、トールエクスプレスの給与体系では歩合給の本体が支払われずにその割増賃金だけが支払われることは生じない、と指摘しています。歩合給部分が能率手当として確定してから、その割増賃金が計算されるからです。そして、このことを前提に大阪高裁は「割増賃金として支払われるものの中に通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が含まれ、労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とそれ以外の部分を判別することができないという問題は生じない。」と評価しています。
 このように、計算過程で基本給部分の割増賃金と歩合給部分の割増賃金が一体として処理される(国際自動車)か否(トールエクスプレス)かの違いが原因となって、歩合給部分の本体部分が消滅するのに歩合給部分の割増賃金部分だけが支払われうる(国際自動車)か否(トールエクスプレス)かの違いにつながり、これが両者の給与体系の違いとしてクローズアップされているのです。
 2つ目のポイントは、割増賃金を歩合給部分から控除する点の評価の違いです。
 すなわち最高裁は、時間外労働等がある場合、歩合給部分について、「その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払う」のがその実質であると評価します。そのうえで、「割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでない」として、判別可能性がないと評価しています。
 これに対して大阪高裁は、「売上高等の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めが当然に同条の趣旨に反するものと解することができない」として最高裁判例(H29.2.28)を引用し、またこのことは「いわゆる固定残業代が有効と認められる場合にも同様に生ずること」とし、そもそも歩合給部分は労働時間と関係なく発生するから労働基準法施行規則に従って歩合給部分の割増賃金が計算されればそれで労基法37条に整合する、と評価しています。少し込み入っていますが、最終的に計算して出された歩合給部分に対する割増賃金が支払われればそれで十分である、したがって(明示していないが)割増賃金を歩合給部分から控除すること自体に問題はない、と評価しているように読めます。
 さらに大阪高裁は、基本給部分の時間外手当(トールエクスプレスでは時間外手当Aと称する)に相当する金額は必ず支払われるのだから問題ないとしており、割増賃金を歩合給部分から控除しても問題がないことを前提にしています。
 このように2つ目のポイントは、割増賃金を歩合給部分から控除することについて、最高裁は判別可能性がなくなると消極的に評価しているのに対し、大阪高裁は特に問題がないと評価しているようです。
 3つ目のポイントは、仮に計算された歩合給(国際自動車では対象額A、トールエクスプレスでは賃金対象額)の位置付けです。これは、上記2つのポイントに共通する問題と考えられます。
 すなわち最高裁判決は、「対象額A」が控除されて減額される点について「出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金」と評価しています。
 このことを前提に最高裁は、1つ目のポイントに関し、対象額Aの本体部分が無くなってしまうことを問題とし、2つ目のポイントに関し、対象額Aの名目が変わってしまう(したがって対象額Aが支払われなくなる)ことを問題としています。
 これに対して大阪高裁は、「賃金対象額」は「能率手当(最終的な歩合給部分)を算出する前提として業務量に基づき計算される数値とされているにすぎ」ないとして、歩合給部分は支払われることが予定されている賃金ではないことを明確に示しています。そのうえで、これに続けて「このような賃金対象額が当然に労働契約上の出来高払制の通常の賃金になると解することはできない。」と明言し、最高裁との違いが明確にされています。
 このことを前提に大阪高裁は、1つ目のポイントに関し、歩合給部分が減額されること自体に問題がないことを前提としており、2つ目のポイントに関し、結局基本給部分とその割増賃金だけが支払われるようなことになっても構わないことを前提にしているのです。
 このように3つ目のポイントは、仮に計算された歩合給(国際自動車では対象額A、トールエクスプレスでは賃金対象額)に関して、最高裁は支払うことが予定されていると評価しているのに対し、大阪高裁は支払うことが予定されていないと評価しているように思われるのです。

3.実務上のポイント
 国際自動車もトールエクスプレスも、だらだらと長時間働くよりも所定の労働時間でしっかりと成果を上げるように誘導するために、残業しても手取額が増えないような給与体系とし、このことを労働組合と十分話し合いながら検討した、という経緯では共通します。
 技術的に見れば、大阪高裁判決はトールエクスプレスの給与体系の中で歩合給部分の割増賃金が、割増賃金の金額確定後、最後になって計算されている点が、国際自動車の給与体系と違う点に着目して、異なる結論を出したように見えます。
 けれども、特に3つ目のポイントとして指摘したように、最高裁は計算途中の歩合給部分も支払われるべき実態のある金額であるかのように扱っていますから、このことを前提にすれば、トールエクスプレスの給与体系もやはり不合理、と評価されるかもしれません。
 最高裁判決の示した「判別可能性」自体の問題点(「判別」と言いながら、非常に分かりにくい検討が必要となってしまう点など)もさることながら、基本給部分と歩合給部分、さらには基本給部分の割増賃金と歩合給部分の割増賃金が区別されていれば、技術的に最高裁判決の射程外となるのかどうかについて、未だに不明確と評価されます。
 歩合給部分から割増賃金を控除して、いわゆる固定残業代制度と同様の構造の給与体系、すなわち一定の範囲で残業しても手取額が増えない給与体系を構築する場合に、どのような点を押さえればいいのか明確になっていませんので、特に慎重な検討が必要となる、というのが実務上のポイントになるでしょう。
 なお皮肉なことですが、最高裁判決が無効とした国際自動車の給与体系の方が、大阪高裁が有効としたトールエクスプレスの給与体系よりも、従業員にとって有利になり得る点を指摘しておきましょう。すなわち、国際自動車の給与体系では、計算過程の歩合給部分の割増賃金相当分も支払われますが、トールエクスプレスの給与体系では、歩合給部分の割増賃金は、歩合給部分の金額が確定してから最後に計算されますので、より小さくなる可能性があるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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