労働判例を読む#320

今日の労働判例
【ヴィディヤコーヒー事件】(大阪地判R3.3.26労判1245.13)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、喫茶店に勤務していた従業員Xが、喫茶店などの店舗事業を譲り受けた新しい使用者である会社Yに対し、退職金の支払いを求めた事案です。裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.法律構成
 同じ事業承継(経営主体の変更)でも、会社分割や吸収合併などに伴う「組織法」上の事業承継の場合には、労働契約も当然に承継されますし、退職金などの雇用条件も当然に承継されます(会社分割の場合の詳細なルールは労働契約承継法に定められています)。
 けれども、事業譲渡契約などに伴う「契約法」上の事業承継の場合には、労働契約自身、当然に承継されません。新たな使用者との間で個別に労働契約を締結しますから、退職金などの雇用条件も新しい使用者との間の合意内容によって定まりますので、当然には承継されません。
 後者の「契約法」上の事業譲渡の場合に、労働者の同意(特に、新たな使用者との契約)が必要とされているのは、自分が関わらないところで契約内容が勝手に変更されないようにするためです。特に、誰が使用者であるかということは、契約内容の中でも特に重要な要素です。知らない間に使用者が変わってしまい、人使いが荒くなる、等という事態を認めるわけにはいきませんから、使用者が変更される事業承継の場合に、労働者の同意(新たな使用者との契約)が原則として必要とされる(原則ルール)のは、それなりに合理性があるのです。
 この事案では、新たな使用者Yの下で継続勤務する場合でも、退職金は新たな使用者によって支払われないことが予め伝えられており、そのことが記載された新たな労働契約をYとの間で締結しています。ここまで、Yに退職金支払義務のないことが確認されているのであれば、原則ルールを否定する理由を探す方が困難です。

2.実務上のポイント
 とは言うものの、「契約法」上の事業譲渡の場合であっても、労働契約が承継され、労働条件も同じ状態で承継される場合、すなわち例外ルールもあります。
 それは、船員法が適用される場合です。船員法は、船が譲渡された場合(船が「契約法」上の理由で移転した場合)であるにもかかわらず、新たな船主に労働契約が承継されます。
 さらに、船員法のような規定がなくても、当然に労働契約が承継されるべき場合には労働契約承継法が類推適用されるべきである、という議論もあります。
 けれども、仮にそれを認めるとしても、類推適用されるべき場合はどのような場合か、どのように類推適用されるべきか、について慎重に議論する必要があります。事業譲渡を行う使用者側にとって、重要な影響がある(合意していないのに労働契約が当然についてきてしまう)ことから、使用者側の事情をどのようにルールに反映させるのか、が重要となりますが、上記のとおり、従業員側の事情だけ見ても、従業員の同意を必要とした方が良い場合と、従業員の同意を不要とした方が良い場合がありますから、両者を適切に切り分けるルールを考えなければならないのです。
 経営の立場から見ると、事業を広げるために事業を買収する場合には、労務DD(デューデリジェンス)を適切に行い、承継すべき従業員の範囲だけでなくその内容も従業員と明確に合意しておくことが重要であることが理解できます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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