労働判例を読む#305

今日の労働判例
【海外需要開拓支援機構ほか事件】(東地判R2.3.3労判1242.72)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、派遣社員Xが派遣先Y1(派遣元も訴えていますが、ここでは検討しません)で、Y2とY3からセクハラを受けたとし、また新たに結成されてXが加入したYの労働組合がセクハラ問題を労使交渉のテーマにしていた等の状況下で、Xの派遣契約を更新しなかったことは不当労働行為に該当するとして、損害賠償(いずれに対しても400万円)などを請求した事案です。
 裁判所は、Y2とY3に対しては請求の一部(5万円)を認めましたが、Y1に対する請求は否定しました。

1.セクハラ
 Y2とY3の行為は、たしかに品のない行為で、Xが訴えたくなる気持ちも分かります。
 すなわち、Y2のセクハラは、XがY1で勤務をし始めて約半年後のことで、懇親会の2次会後、地下鉄のホームと社内で体を触れられたとするものです。Xの主張のうち、社内で手を握られた、とする主張は否定されました。他方、駅のホーム上で触れられたとする主張については、Xが手で払いのけて拒否していたのに執拗に肩に手を回し、実際に肩に数回触れられた、と認定しました。
 また、Y3のセクハラは、上記懇親会の1週間前の懇親会での出来事です。これは、事実上Y1の監査役の接待の場となっており、Xを含む女性従業員は、「当たり!ワインディナーwith監査役(交換負荷)」等書かれたクジを引かされる、というイベントが行われました。実際に、クジの内容どおり食事への同行などは行われませんでしたが、くじ引きを事実上強制され、業務と無関係な「同行」を実質的に強制された、と認定しました。
 結論的には、肩に触れられたにすぎず(Y2)、くじ引きを強要させられたにすぎない(Y3)ことから、損害額は5万円とされました。金額だけを見れば、大したことが無いと思うかもしれませんが、セクハラが認定され、法的責任が認められた事実は無視できないでしょう。Y1に対する社会的な評価や信頼が毀損することは当然ですが、さらに、他の従業員の会社へのロイヤリティーやモチベーションへの影響や、今後の人材確保への影響も、数値的に測定できないでしょうが決して小さくないはずです。
 ここでは特に、Y3のセクハラが注目されます。
 宴会の余興に付き合わされただけ、という見方があるかもしれませんし、特に身体的な接触があったわけでもありません。
 しかし、「あわよくば」という下心がミエミエで、裁判所も「Y3の性的意図の有無を含め」違法行為であると評価し、下心が実際にあったのかどうかへの言及を避けていますが、下心があったことを否定していません。直接的な性的要求や表現をしたわけではなく、たとえそれが間接的であっても、その程度が酷ければセクハラになる、という評価です。間接的な表現であっても法的責任が生じうること、言葉のうえでの表現だけでなくその状況も踏まえて評価されるので、表現だけでは違法性が低くても法的責任が生じる場合があること、などに留意しましょう。

2.会社の対応
 Y1の責任について、Xは、セクハラの内部通報を受けた対応が不十分である、と主張しています。
 Xは、社外の弁護士を通報窓口とする内部通報制度を設けていますが、Y2は退社してしまいセクハラ調査不能とし、Y3はセクハラに該当しないが不適切だったとして厳重注意を行いました。いずれも、この事件での裁判所の判断とは結論が異なり、Y1の対応が適切だったのか、疑問が生じうるところです。
 けれども、裁判所は「民法上の不法行為の成否の判断と事業主が取締役等に対して処分等を行うか否かの判断とではその目的も性質も異なる」という理由で、判決でY3の責任が認められても、Y1の対応が不合理とならない、と説明しています。
 また、通報と調査を受けて行われた社内研修で、Y1の弁護士は、セクハラの成否については、一般人を基準に判断すること、専門家や弁護士が検討して会社が決定すること、を説明しました。Xは、これでは、Y1が決めることになり、「通報や相談をしても意味がないと受講者に思わせる内容のものであった」と主張していますが、裁判所は、この説明内容について「その内容が客観的に見て不適切であるというべき理由はない」と評価しています。
 セクハラの通報者には、自分の思いどおりに認定し、対応しない場合には、その対応は違法であると主張することがあるようですが、裁判所はそのような主張を正面から否定したことになります。だからといって、通報をないがしろにしていいわけではなく、本件では弁護士も含めた検討が行われ、結論的にも、判決とは異なる内容になったものの、不適切であることを認めて行為者に厳重注意を与えるなどの、適切なプロセスと相当な対応がされていることが重要です。

3.派遣契約の更新拒絶
 Xは、組合員Xに不利益を科し、組合活動に不当に介入したから不当労働行為に該当する、したがって更新拒絶は無効である、と主張しました。
 けれども裁判所は、組合がY1の株主企業の担当者に組合結成などの通知をメールで行ったことにより、メールアドレスなどの情報管理に関する苦情が来るなどの問題が生じたこと、メールアドレスなどは機密情報に該当すること、様々な事実からこのアドレスの一部はXが入手可能であったこと、組合活動をXが実質的に主導していたこと、などを認定し、メール送信もXが「本件組合の代表として主体的、主導的に関与していた」と評価するとともに、株主企業の担当者へのメールは「組合活動であることを理由に正当化されるものではない」と評価しました。
 そのうえで、更新拒絶にも理由がある、と評価したのです。
 ここでは、Xがメールアドレスを入手できたことなど、不当な組合活動であることを証明する有力な証拠や事実があったため、不当労働行為に該当しないという判断にも合理性があります。
 しかし実際には、セクハラの通報者が組合活動をリードしているに違いないという状況であっても、実際にそのことを明確に証明できるとは限りません。組合が会社の信用を毀損する行為は正当化されないとしても、そのことが通報者に対する処分に結びつくためにどのような事実や証拠が必要となるのかは、この裁判例からは明らかでありません。

4.実務上のポイント
 派遣社員や外部業者に対してぞんざいな態度をとるビジネスマンを時々見かけます。社員よりも立場が弱いことが多く、気を遣って厳しい対応にも苦情を言わずに我慢したり、柔らかく接したりしている場合もあるでしょう。そのことが、自分に対して好意を抱いているのではないか、自分の要求を喜んで受け入れるのではないか、という誤解につながる場合もあるでしょう。
 けれども、仕事が無ければただの他人です。好意を抱いてくれることも、希望を叶えてくれることも、絶対にありえない関係なのだ、という意識を持つ(だからといってよそよそしくしろ、ということではありません)ように徹底することが重要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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