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労働判例を読む#505

※ 司法試験考査委員(労働法)

【ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ(雇止め)事件】(東京地判R5.3.27労判1287.17)

 本事案は、オランダの航空会社Yに有期契約(5年上限)で雇われた乗務員Xらが、無期契約に転換した、等として雇用契約の存在確認と賃金の支払等を求めて訴訟を提起した事案です。裁判所は、Xらの請求の一部を認めました。

1.更新の上限の有効性
 論点の1つが、更新の上限を定めることの有効性です。5年を超えない、という上限は、有期契約を5年以上継続した場合に無期転換される、という労契法18条の規定に反して無効ではないか、という議論があります。
 この点は、数多くの訴訟で議論されてきており、本判決も、多くの裁判例と同様に、「脱法行為」や「公序良俗違反」等の「特段の事情」がない限り有効、というルールを示しました。そのうえで、①労契法に無期転換のルールが導入される以前から、上限が設けられていたこと、②(3年の上限を、それぞれ、5年に延長した点について)Xらはいずれも有期契約の上限があることを認識しており、無理に上限を約束させたわけではないこと、を主な理由に、有効であると判断しました。さらに、この論点とは別の個所で、オランダ人スタッフだけ無期契約であり、アジア人スタッフは有期契約であることが、差別として無効かどうかが議論されていますが、そこで、アジア人スタッフが乗務する路線には限りがあり(各人の出身国の便だけ)、景気の影響などを受けやすいことなどから、合理性があるとされていますが、このような制度の合理性も、「特段の事情」のない理由と言えるでしょう。
 労契法に無期転換のルールが導入される頃に上限を設定した場合には、①が当てはまりませんので、より合理性が必要になるでしょう。

2.錯誤無効
 本事案では、Yの側が、オランダの法律によって上限のある有期契約でなければならない、と説明してきましたが、実際は、そのようなことはありませんでした。けれどもこの誤った説明を前提に、更新期間の上限に合意したのだから、錯誤無効である、とXらが主張しました。
 これに対して裁判所は、錯誤の事実はある(オランダ法の内容を誤解していた)ものの、オランダ法の規定を理由に上限に合意したわけではない(動機の相手方への表示がない)、オランダ法の上限がなくても上限に合意した(因果関係・重要性がない)、という理由で、錯誤による無効を否定しました(上限の合意を有効としました)。
 しかしXらは、法律の規定について誤った説明を受けると思わなかったでしょうから、動機の相手方への表示や、それとの因果関係を、錯誤の成否判断のための要件とすることは、実態に合わないようにも思われます。かといって、法律の内容を誤解していたら全て無効、とするのも合理的でないように思われますので、錯誤の成否を決める要件について、議論の余地があるかもしれません。
※ なお、事件発生時期との関係で、この事件には改正前の民法が適用されるため、錯誤「取消し」ではなく、錯誤「無効」とされています。

3.オランダ民法の適用
 本判決で最も注目されるのは、通則法(国際私法)12条が適用されるとして、オランダ民法を適用し、それを根拠に無期転換を認めた点です。
 特に、通則法12条2項の、「労務を提供すべき地(労務提供地)の法」と、これが特定できない場合の「当該労働者を雇い入れた事業所の所在地(雇入事業所所在地)の法」が問題とされました。
 このうち「労務提供地」については、オランダ国籍の飛行機の中で役務を提供しており、しかもオランダの労働許可が必要だから、オランダである、とするXらの主張を否定しました。飛行機の管理や入国管理のルールはオランダが決めることであり、日本の通則法の解釈はこれと異なる、実際の業務は、いろいろな国に跨る、したがって「労務提供地」は特定できない、というのが主な理由です。
 現実に役務を提供している場所を基準にする、という解釈と評価は、今後の参考になります。
 他方、「雇入事業所所在地」については、人事に関する様々な判断(採用計画立案、採用の決定、フライトスケジュールの決定、業務上の指示、人事考課、労使交渉など)をオランダの本社が行っている点や、入社後すぐに9週間オランダで研修を受けることを重視して、これをオランダと評価しました。
 Xらはいずれも、日本国籍者・日本居住者・日本語使用者であり、実際の勤務も、日本から出発して日本に帰ってくる、という業務を行っており、さらに、日本の社会保険にも加入しているのですが、労働契約上の管理に関する事情の方が重視されたことになります。
 強行法が適用される、という通則法12条の背景は、労働時間や安全衛生など、労働者の生活や健康に関する法制度として適切な法を選択し、適用する、という点にあります。実際、労働時間や時間外手当について、日本の労基法に違反する疑いがある、と裁判所自身が認定しているのですが、ここでオランダ法の適用を認めたため、Xらについて、労働時間や時間外手当について、日本の労基法による保護が受けられないことになってしまいます。管理するのがオランダであっても、守るべき生活は日本にある、そのために日本の労働法が適用されるべきである、と考えることも可能であり、本判決の示した判断は議論の余地がありそうです。

4.実務上のポイント
 細かい問題かもしれませんが、裁判所が賃金の支払を認めたのは、Xらが退職した時からではなく、Xらが訴訟の中でオランダ法の適用を主張した翌日からです。
 たしかに、通則法12条1項には、「意思を使用者に対し表示したとき」に、その国の法律が適用されると定めており、オランダ法の適用を主張した「時点」というようにも読めます。けれども、ここでの「表示したとき」は、「表示した場合」を意味する、と解釈する余地もありそうです。そうでなければ、例えば逆に、日本の労基法を適用し、過酷な労働条件を是正すべき場合に、日本法の適用を主張するまでの間、過酷な労働条件が是正される機会を失うことになります。
 このような観点から見ると、強行法によって生活や健康を守る、という労働法の趣旨から見て、適用時期が意思表示の時期によって異なることが適切なのかどうか、この点も議論の余地がありそうです。
 なお、同じ航空会社による雇止めに関し、日本の労契法18条を適用して、無期転換を認めた裁判例があります(「ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件」東京地判R4.1.17労判1261.19、労働判例読本2023年版224頁)。そこでは、オランダ法の適用が議論されていないようです(少なくとも、判決は言及していません)。そちらの判決は、こちらの判決と同様控訴されており、オランダ法の適用に関する議論がされるのかどうかも含め、控訴審での議論と判断が注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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