労働判例を読む#174

「京都市(児童相談所職員)事件」京都地裁R1.8.8判決(労判1217.67)
(2020.7.31初掲載)

 この事案は、児童相談所の職員Xが、児童に対する虐待があったとして公益通報制度によって通報を2回行ったものの、不適切な対応がなかったという2回の報告に対して不満を抱き、当該事件に関する資料を閲覧し、持ち出した事案です。任命者である京都市Yが、停職3日の処分を下したところ、Xがその効力を争い、裁判所はXの請求を認めました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、神戸税関事件(最三小S52.12.20判、労判288.22)を引用しています。
 すなわち、懲戒処分の有効性の判断は、裁判所が自ら懲戒処分を下すのではなく、行政庁の行った判断が裁量権を逸脱・濫用したかどうか(社会通念上著しく妥当を欠くかどうか)を判断するにとどまる、というものです。行政庁に代わって判断するのではなく、行政庁の判断を尊重し、それが著しく不当かどうかを判断する、というのですから、違法という判断は極めて限定的になるはずです。

2.あてはめ(事実)

 ところが、裁判所はYの判断を違法と評価しました。
 それは、Yの認定の前提となった3つの違法行為(当該事件の記録の閲覧、持ち出し、漏洩)のうち、問題となるのは2つ目だけであり(閲覧は、権限が与えられていて、特に禁止されていないし、他人の担当事件を見てはいけないわけではない。漏洩は、組合交渉など限られた場での話で、実際に詳細は語られていない。)、その2つ目の持ち出しも、①原因・動機・性質に関し、悪質でない(児相業務の改善目的)、②性質・対応に関し、外部流出はない(自分でシュレッダー処理)、③結果・影響に関し、外部流出はない(同上)、④Xの態度に関し、情報管理の不適切さを指摘されると素直に軽率であったことを認めた、⑤Xの懲戒処分歴無し、⑥他の懲戒処分事例に比較して重い、という事情から、「社会観念上著しく妥当を欠いて、その裁量権を逸脱又は濫用した違法がある」と結論付けました。
 たった3日ですが、公務員の経歴を考えると、それだけ重大な問題、と認識されたのでしょう。

3.実務上のポイント

 公益通報者保護法に基づく公益通報制度が存在し、2回、実際に通報されたけれども、2回とも、不適切な対応はなかった、という結論でした。
 もし、公益通報者保護法の問題となれば、Xによる通報に対してYが適切に対応したかどうか、が問題になり、もしYの対応が適切であれば、通報内容と関連するXの内部通報に対するYの処分が、違法とされる可能性が小さくなる(Xは、公益通報者保護法で守られなくなる)、という議論がされるべきところでしょう。
 ところが、この判決では、この点の議論がされていません。
 議論されていない理由ですが、①そもそも、法が想定する「公益」(所定の法令に違反する違法行為)に該当しないのか、②Yの処分はXの内部通報行為そのものではなく、情報漏洩など公益通報者保護法によって守られるべき行為ではないからなのか、③公益通報者保護法を持ち出すまでもなく、Yの処分は違法だからなのか、④技術的な公益通報者保護法該当性やその効果を1つひとつ検証するよりも、処分の背景を検証したほうが、理由付けとして好ましいからなのか、⑤あるいは、それ以外に理由があるのか、よくわかりません。
 けれども、本事案では、市議会である議員が、当該資料を持っている、と発言したことから、情報管理の状況が調査されて、Xによる情報取得と持ち出しの事実が発覚しました。結果的に、Xの持ち出した資料と議員が持っている資料が一致することが確認できなかったことから、3日の停職処分でも重すぎる、という結論になりました。
 仮に、議員が持っていた資料が、Xの持ち出した資料であった場合には、公益通報者保護法の議論がより前面に出されたかもしれません。上記②の問題が主戦場となり、Xが保護されるべきかどうかが正面から問題になってくるからです。
 どう思いますか?

労働判例_2020_04_15_#1217

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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