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労働判例を読む#432

今日の労働判例
【ビジネスパートナーほか事件】(東京地判R4.3.22労判1269.47)

※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

本事案は、代表者による人事異動の命令に従わなかった、等の理由で降格降給させられ、懲戒処分された役員兼従業員Xが、これら処分を無効であるとして、会社Yに対して元の地位の確認や損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Xの主張をかなり広い範囲で肯定しました。

1.降格降給の違法性
 裁判所は、YによるXの降格供給処分は人事権の濫用(労契法3条5項)に該当する違法なものである、として降格降給を無効としました。具体的には、①違法・不当な目的がある場合や、②著しく不当な不利益を与える場合などの、③特段の事情があるかどうか、という判断枠組みを設定したうえで、❶Xに子会社の営業部全体の統括という人事命令を出したがこれを拒否した、という事実がなく、❷引継に3か月以上必要という不合理な主張に固執した、という事実がないことから、①に該当する(違法・不当な目的が推認される)、と判断しました。
 先に、①該当性について検討しましょう。
 より詳細に見ると、①該当性は、❶❷が存在しないことから、Xを降格させる業務上の必要性が無い、と指摘したうえで、Xの言動(Y側の上司や経営者に対する言動)が、「管理職の立場から適切と考える意見を述べた」のに対して、上司が「これに立腹し、意に沿わない言動をとった者に不利益な処分を課(した)」ことが、①に該当する根拠とされています。
 ここで裁判所は、Xの進言がXの職務権限内かどうか、許容されるかどうか、について検討せず、この進言に耳を傾けないことが「違法・不当な目的」と位置付けています。
 しかし、一般的な組織であれば、管理職者にチームの統括などの権限を与えている以上、その権限行使に関連する範囲で、より良い施策を進言することが期待され、少なくとも許容されているでしょうから、この発言に耳を貸さないことは、それ自体が会社や上司として違法である、と評価できるはずです。権限を行使して進言し、あるいは許容されるべき進言をしたからです。
 けれどもここで裁判所は、Xの権限や許容される言動の範囲を問題にせずに、「違法・不当な目的」という評価で処理しています。このことは、Yの社内権限の設定状況や社風などから、管理職者であっても進言する権限が与えられておらず、進言することが許容されていなかった、ということが前提だったのかもしれません。あるいは、このような権限や許容性について議論し、論点を増やすよりは、これらを受け入れないY側の不寛容さを指摘すれば、違法性の根拠として十分、という判断から、権限や許容性の論点を回避したのかもしれません。
 いずれにしろ、Xが管理職者として行った言動の揚げ足を取るようなY側の主張が否定されたことに変わりはありませんから、一般的な教訓として見た場合、会社は、管理職者による進言について、一方的に無意味・反抗的と評価すべきでない、ということが理解できます。
 次に、❶❷の認定です。
 Y側は、❶営業統括の打診ではなく業務命令であった、❷3か月という期間は長すぎ、実際に退職者との引継は1週間程度でできた、等と主張しています。
 けれども裁判所は、❶Xとのやり取りの内容や状況から、単なる打診だった、❷結果的に短期間で引継できたとしても、3か月という見通しを述べることに問題は無かった、という判断を、詳細な事実認定の末に示しています。
 特に注目されるのは、詳細な事実認定の末に評価をしている点です。特に労働判例では、会社と従業員の主張や認識が食い違う場面で、しかも十分な証拠(録音や録画等)がない状況で、裁判所が一定の評価を下す場面が多く見受けられますが、この判決もそうであるように、多くの裁判例で裁判所は、簡単に真偽不明だ、したがって立証責任のある原告の負け、と処理するのではなく、当時の状況や前後の言動との合理性等まで広く視野に入れて詳細な事実認定を行ったうえで、裁判所としての評価を示しています。
 この事案では、Y側の主張が、証拠や事実からその主張のように評価できる可能性も否定できないでしょうが、当時の状況や前後の状況に照らせばそのような評価は合理的でない、と評価されるべき内容でした。「このように解釈評価できる」という視点ではなく、「一般的に見るとこのように解釈評価される」という視点から、現状を客観的に分析することが重要です。

2.実務上のポイント
 さらに、Xが未回収債権の償却処分の基準やプロセスを、Y側の承諾なく勝手に変更した、として懲戒処分を行いましたが、その点も無効とされました。
 この点の事実認定や評価も、上記❶❷と同様です。
 すなわち、何度か上司や役員の新しい償却処分の基準やプロセスを説明し、異論がなかったこと、運用の際も新しい基準やプロセスでの対応を指示ずる際に上司や役員がCCに入れられていて、異論がなかったこと、内容的にもこの新しい基準やプロセスで相当の利益が上がっていること等を裁判所が指摘し、Y側の承諾があった、と認定しています。
 上記❶❷もそうですが、客観的に見てY側の主張は事実認定や評価がかなり強引で一方的な印象を与えます。このような印象を覆すような合理的な事実や証拠がない中で、Y側の主張の合理性が否定されるのも、止むを得ないでしょう。
 理論的には、上記①の理論(違法・不当な目的)ではなく、Xの言動が権限に基づき、あるいは許容されるものかどうか、という観点から検討することの方が、組織経営の合理性や、その逆の問題性を明確にするうえで適切ですが、Y側の主張がかなり強引であることから、①の理論でその不当性を明確に示そうとした裁判所の感覚も、理解できるところです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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